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日本の学校はなぜ「4月入学」なのか? 100年前の大改革を振り返る

新型コロナを機に教育システムの100年ぶりの一大転換は実現するか……

小宮京 青山学院大学文学部教授

大学の前身・官立学校は「秋入学」

 「大正デモクラシー」で知られる大正という時代はまた、第1次世界大戦に直面し、文字通りグローバリゼーションと向き合った時代でもあった。それこそ様々な文物が流入したが、フリーメイソンという秘密結社が日本に紹介されたのも大正期のことである(小宮京「日本のフリーメイソンのこと知ってますか?(上)」)。

 現在まで続く教育制度の大改革が実現したのも。大正期だった。

 今回取り上げる学年暦に注目すると、後に東京大学に発展する官立学校の入学は、そもそも「秋」であった。それは教壇に立つ「お雇い外国人」の関係と考えられている。

 興味深いのは、1875(明治8)年時点では、東京医学校(医学部の源流)は11月開始、東京開成学校(法学部・理学部・文学部の源流)は9月開始と、学校によって開始時期が異なっていたことである。もっといえば、1873(明治6)年時点では、私立の慶応義塾は8月開始だった。明治初期、後の大学に発展する学校の開始時期は、バラバラなのが当たり前だったのである。

 それ以外の学校、小学校や中学校、女学校、高等師範学校の開始時期もずれていた。これらの学校の開始時期が4月に揃うきっかけは、高等師範学校(現在の筑波大学)が1886(明治19)年に4月入学にしたことであった。

高等師範学校が4月入学にした理由

 高等師範学校が4月入学とした理由として挙げられているのは、徴兵制による届け出が4月に変わったため、会計年度と一致しないため学校財政の処理が不便なこと、9月入学だと学年試験の時期が「炎熱にして勉学に適せざる」こと、などである。

 順番に解説する。

 まず、徴兵制についてだが、

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筆者

小宮京

小宮京(こみや・ひとし) 青山学院大学文学部教授

東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門は日本現代史・政治学。桃山学院大学法学部准教授等を経て現職。著書に『自由民主党の誕生 総裁公選と組織政党論』(木鐸社)、『自民党政治の源流 事前審査制の史的検証』(共著、吉田書店)『山川健次郎日記』(共編著、芙蓉書房出版)、『河井弥八日記 戦後篇1-3』(同、信山社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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