市川速水(いちかわ・はやみ) 朝日新聞編集委員
1960年生まれ。一橋大学法学部卒。東京社会部、香港返還(1997年)時の香港特派員。ソウル支局長時代は北朝鮮の核疑惑をめぐる6者協議を取材。中国総局長(北京)時代には習近平国家主席(当時副主席)と会見。2016年9月から現職。著書に「皇室報道」、対談集「朝日vs.産経 ソウル発」(いずれも朝日新聞社)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
自己矛盾でも前言撤回でも古くさくても、当事者が「新しい」と言えば「新しい」のか?
新型コロナ感染拡大防止をめぐる緊急事態宣言が2020年5月7日以降も延長されることが決まった。
韓国は5月6日から、外出自粛を基本としてきた「社会的距離の確保」政策を終え、事実上、自粛を解く「生活防疫」と名づけたレベルに移行した。
連休明けの日常が大きくかけ離れることになる日韓両国だが、結果的にどちらが正しかったが分かるのは、何年かを経てからだろう。
自粛を強いられる生活の先が見えない日本をさらにいらだたせているのは、政権側から発せられる珍妙な言葉の数々なのではないか、と思う。
安倍晋三首相が緊急事態宣言を5月末まで延長すると発表した5月4日、専門家会議から「新しい生活様式」という提言があった。
なるほどそうか、新しい!と思った人がいただろうか?
毎朝体温チェック、電子決済の積極利用、会話は控えめに、会議や名刺交換はオンラインで。食事の項目では「料理に集中、おしゃべりは控えめに」と態度にまで干渉している。
これらは、政権が緊急事態宣言を出す以前から、専門家や識者が唱えてきた「感染拡大防止のための注意事項」と何ら変わりがない。それを、ここにきて「新しい」とか「様式」とか、このネーミングにはどんな意思が働いたのだろうか。
かつて消費増税(8%から10%へ)が再延期された時、2016年6月1日に安倍首相は「見送り」や「再延期」という言葉を避けて「これまでの約束とは異なる、新しい判断だ」と語っていたのを思い出した。
自己矛盾だろうが前言撤回であろうが、古くさいと思われようが、当事者が「新しい」と言えば「新しい」のだ。モヤモヤを残したまま、怪しい言葉がすっと通り過ぎてしまう。
この言葉の言い換え、造語に近い新語の連発こそが安倍政権の真骨頂であり、その言葉の選び方も絶妙であり、長期政権を維持してきた原動力の一つだったのではないか。