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トランプ外交、チグハグな中国包囲網

第6部「トゥキディデスの罠―経済ナショナリストに率いられた大国間競争」(3)

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

 経済的・軍事的な台頭著しい中国に対抗し、ニクソン訪中以来の「関与政策」を終結させ、「競争政策」を始めたトランプ政権。その対中政策は、経済ナショナリストとして中国に貿易戦争を仕掛けるトランプ大統領個人の意思と、中国を抑え込もうと大国間競争を仕掛ける米国としての国家意思から成り立つ。米中両大国の深まる対立は「新冷戦」と呼ばれ、強い結びつきがあったはずの米中経済には分離(デカップリング)の様相も見せ始める。世界を不安定に陥れる米中対立の今を検証する。

「自由で開かれたインド太平洋」構想

 「我々のインド太平洋構想では、友好国が敬意を払われつつ、安全と繁栄を見いだすものだ」

 シャナハン米国防長官代行は2019年6月1日、シンガポールでの「アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)」でこう強調し、米国防総省が策定した「インド太平洋戦略」を発表した(The Department of Defense. “Indo-Pacific Strategy Report.” 1 June 2019.)。この戦略はトランプ政権が提唱するアジア政策「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想を具体化したものだ。

 FOIP構想は元々、オバマ政権のアジアへの「リバランス政策」に代わる新政策として、トランプ大統領が2017年11月にベトナムで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で発表したものだ。

 トランプ氏は「公平で平等」な市場の重要性を強調。中国の直接の名指しを避けつつ、「政府が進める産業計画と国営企業を使い、不当廉売や為替操作を行っている国がある。これ以上、慢性的な貿易の悪弊は容認できない」と批判した。

 一方、「私は常にアメリカ・ファーストを優先する」とも宣言し、「我々の手を縛り、主権を明け渡すような大きな協定に入ることはもはやない」と語った。政権発足と同時に離脱した環太平洋経済連携協定(TPP)のような多国間の貿易協定を結ぶことを否定したのだ(The White House. “Remarks by President Trump at APEC CEO Summit | Da Nang, Vietnam.” 10 November 2017.)。

 トランプ氏が最初に示したFOIPは、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」への対抗を念頭に、アジアにおける米国の新たな貿易政策の基本方針という印象が強かった。

 その後、政権はFOIP構想をあしがかりに、南シナ海での軍事拠点化の動きを加速させる中国への対抗策を打ち出していく。

 2018年5月には「環太平洋合同演習」(リムパック)への中国の招待を取り消し、米太平洋軍を「インド太平洋軍」に改称。南シナ海を米イージス艦などで航行する「航行の自由作戦」を積極的に展開した。

 その後もFOIP構想に基づき、ペンス副大統領がアジア各国のインフラ整備に600億ドルの支援を表明するなどしてきたが、FOIP構想には「具体性の欠けたあいまいな構想」(元ホワイトハウス当局者)という評価がつきまとっていた。

 シャナハン氏が打ち出した今回の戦略はこれらの批判を意識していたとみられ、国防総省は「国民への包括的な説明文書」(シュライバー国防次官補)とも位置づけている。

米上院の公聴会で証言するパトリック・シャナハン国防長官代行=ワシントン、ランハム裕子撮影、 2019年3月14日

 インド太平洋戦略は、インド太平洋地域を「米国の未来にとって最も重要な地域」と定義している。中国をNSS同様に「修正主義勢力」と位置づけ、「国際システムを毀損し、法秩序に基づく価値と原則をむしばむ」と非難した。一方、米国として新たに戦闘機110機や駆逐艦10隻以上を購入する方針を示した。

 シャナハン氏は演説後の質疑応答で「我々は以前も戦略を持っていたが、資源や資金を伴っていなかった」と述べ、今回は予算の裏付けがある点を強調した。

 この戦略の最大の特徴は、同盟国、友好国とのネットワーク化を打ち出した点にある。同盟国・日本、韓国、豪州などとの同盟強化をうたい、続いてシンガポール、台湾などとの友好関係拡大も強調した。

 インドについても「米印関係を深化させ、新たなパートナーシップを構築する」と明記。米ハドソン研究所の長尾賢・客員研究員は「中国と境を接するインドは難しい立場にあり、インドがすぐ米国にとって日本のような相手になると考えるのは行き過ぎだが、この政策を継続すれば米印関係は日米関係に近づくかもしれない」と語る(長尾賢氏へのインタビュー取材。2019年6月13日)。

「ナマステ・トランプ」で米印関係強化も

 トランプ政権が「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想において、同盟国・日本、豪州と並んでとくに重視しているのが、このインドとの関係だ。

 トランプ大統領は2020年2月、就任後初めてインドを訪問し、ニューデリーの迎賓館「ハイデラバード・ハウス」でモディ首相と会談した。両首脳は米印関係を「包括的戦略パートナーシップ」に格上げし、米国がインドに軍用ヘリコプターなど30億ドル超の防衛装備品を売却することでも合意した。

 トランプ氏は会談後の共同発表で「我々はFOIPをより確かなものにするため、対テロ作戦やサイバー、海洋安全保障の協力を拡大してきた」と強調し、「我々2カ国は、常に民主主義や自由、個人の権利、法の支配を共有して団結している」と強調。モディ氏も「米国の最新装備品によってインドの防衛力は高まってきた。インド軍と米軍との共同訓練も数多く行っている」と語った(The White House. “Remarks by President Trump and Prime Minister Modi of India in Joint Press Statement.” 25 February 2020.

 インドとの連携を深める米国の念頭にあるのは、東南アジア諸国などにインフラ投資で影響力を強める中国の存在だ。南アジアが専門のヘリテージ財団のジェフ・スミス研究員は「両国は『一帯一路』への懸念を共有している。トランプ、モディ両政権はこの3年間で関係を深めてきた」と語る(ジェフ・スミス氏への取材。2020年2月19日)。

 トランプ、モディ両氏の個人的な関係も深まっている。

ホワイトハウスに到着したインドのモディ首相(右)を出迎えるトランプ大統領=ワシントン、ランハム裕子撮影、2017年6月25日

 トランプ氏はモディ氏とのニューデリーでの正式な会談の前日、モディ氏の出身地グジャラート州のアーメダバードにある世界最大級のクリケットスタジアムで「ナマステ・トランプ」と銘打ったイベントにモディ氏と参加した。

 アーメダバードの市内はトランプ氏の訪問に歓迎一色で至る所にトランプ、モディ両氏の写真をあしらった大看板が掲げられた。両氏がスタジアムに入場すると、約10万人の観衆は立ち上がって「ナマステ・トランプ!」と歓声を上げた。トランプ氏は大観衆を前に、「米印両国はともに我々の主権、安全保障、そしてFOIPの地域を守る」と訴えた(The White House. “Remarks by President Trump at a Namaste Trump Rally.” 24 February 2020.)。トランプ、モディ両氏は何度も抱き合い、2人の友情関係をアピールした。

 米国でも2019年9月、両首脳はヒューストンで約5万人の在米インド人らが集まった「ハウディ・モディ」というイベントに一緒に参加しており、今回はそのインド版の集会といえた。

 ただし、インドは米国の思惑とは裏腹に、なかなか一筋縄ではいかない相手である。

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