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トランプは中国の人権問題に関心が薄い

第6部「トゥキディデスの罠―経済ナショナリストに率いられた大国間競争」(4)

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

 経済的・軍事的な台頭著しい中国に対抗し、ニクソン訪中以来の「関与政策」を終結させ、「競争政策」を始めたトランプ政権。その対中政策は、経済ナショナリストとして中国に貿易戦争を仕掛けるトランプ大統領個人の意思と、中国を抑え込もうと大国間競争を仕掛ける米国としての国家意思から成り立つ。米中両大国の深まる対立は「新冷戦」と呼ばれ、強い結びつきがあったはずの米中経済には分離(デカップリング)の様相も見せ始める。世界を不安定に陥れる米中対立の今を検証する。

共和、民主が協力できる数少ないテーマ「台湾」

 2019年5月8日夕、米議会議事堂2階の「マンスフィールド・ルーム」。

 シャンデリアがともる格調高い造りの室内では、台湾関係法の成立40周年を祝うレセプションが開かれ、共和、民主党の議員ら約50人がワイングラスを片手に談笑していた。

 「台湾当局と台湾国民を代表し、この部屋に集まった皆さんの圧倒的なご支援に感謝を申し上げたい」

 会合を主催した台湾の在米大使館にあたる台北経済文化代表処(TECRO)の高碩泰代表がこう語ると、一斉に拍手が送られた。

米議会議事堂で開かれたレセプションで挨拶する台北経済文化代表処の高碩泰代表(左)=ワシントン、ランハム裕子撮影、2019年5月8日

 台湾関係法とは米国が中国と国交を結んだ代わりに米台が断交した1979年、米議会が米国と台湾との実質的関係を維持し、武器売却ができるように制定した法律だ。米台間の友好を示すシンボルでもある。

 「中国は台湾を孤立させようと動き続けている」「中国は台湾海峡の向こうから台湾を貪欲な目で見つめ、台湾をいじめ続けている」

 同法制定40周年を迎えた今回の式典で、あいさつに立った両党議員たちが口々に表明したのは、中国に対する厳しい非難だった。

 台湾に統一を迫る中国は民進党の蔡英文政権に外交圧力をかけ続けており、2016年の蔡政権発足以来、台湾と断交した国は7カ国にのぼる。中国はこれらの国々にインフラ整備など巨額の支援を提示し、台湾との断交に導いたとみられる。一方、台湾と外交関係を維持する国は現在、わずか15カ国となり、台湾は国際的な孤立の深まりに苦しんでいる。

 野党民主党トップのナンシー・ペロシ下院議長もこの日の会合に駆けつけ、「(台湾とは)自由、民主主義、人権といった価値観を共有している」と強調し、民主党としても台湾を支援していく姿勢を強調した。

米議会議事堂で開かれたレセプションで握手する台北経済文化代表処の高碩泰代表(左)とペロシ下院議長=ワシントン、ランハム裕子撮影、2019年5月8日

 台湾問題はトランプ氏のもとで分断政治が進むなか、共和、民主両党が超党派で一致協力できる数少ないテーマだ。共和党は対中国を念頭にした安全保障問題、民主党は民主主義や人権問題という観点から台湾を支持する意見が圧倒的に強い。前日7日には、米下院は台湾に対する米国の関与を再確認する決議を全会一致で採択した。

 米議会とともに、トランプ米政権についても「ブッシュ政権やオバマ政権など過去の米政権と比べ、台湾への支援は格段に積極的に行っている」(米シンクタンク「プロジェクト2049研究所」のイアン・イースタン研究員)(イアン・イースタン氏へのインタビュー取材。2019年5月14日)という見方は強い。

 2018年3月、米台の高官の相互訪問を促進して関係を強化する台湾旅行法が成立。トランプ政権は2017年の発足以来、台湾への武器売却に力を入れており、2019年8月には台湾が最も強く求めていた新型のF16V戦闘機計66機の売却を承認した。トランプ政権が台湾に武器や防衛関連のサービスを供与するのはこれで5回目。オバマ政権は8年間の任期中に3回しか供与しておらず、トランプ政権の積極性が際立つ。

 イースタン氏は「過去の政権は中国との関係に配慮して、台湾の存在を最小化し否定すらしていた。トランプ政権は重大な政策変更をした」と語る。

台湾問題に口つぐむトランプ氏

 米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)のボニー・グレイサー上級顧問はトランプ政権が台湾との関係強化に力を入れる理由について、「中国の台湾に対する政治、経済、軍事的圧力に対するリアクションとして行われている」と語る(ボニー・グレイサー氏へのインタビュー取材。2019年4月29日)。

 グレイサー氏は、中国の習近平政権が台湾の蔡政権に対する外交圧力を強めていた時期に、トランプ政権が発足した点を指摘。ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)、ランドール・シュライバー国防次官補(インド太平洋安全保障担当)、マット・ポッティンジャー国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長ら対中強硬派が政権入りし、台湾に対する中国の外交圧力に対抗するため、台湾支援を強化し始めた、とみている。

 トランプ政権の高官が直接動いた事例もある。

 米ホワイトハウスのアジア政策のトップ、ポッティンジャー氏は2019年3月、台湾との外交関係を結ぶ太平洋の島国ソロモン諸島を訪れ、台湾外交部の徐斯倹・政務次長(外務次官)と会談した。駐パプアニューギニア米国大使館がフェイスブックに両氏が一緒に収まった写真とともに「ポッティンジャー氏はソロモン諸島において同盟国と友好国と一緒に『自由で開かれたインド太平洋(FOIP)』のために取り組んでいる」と投稿した。

 両氏が野外で視察している様子を撮影した写真を使ったのは非公式な会談である点を強調し、中国を刺激しないようにする意図があるとみられるが、米台高官の会談は極めて異例といえる。

ホワイトハウスで記者会見に出席するマット・ポッティンジャー大統領副補佐官(左)=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年1月31日

 だが、それでも中国の外交圧力を完全にはね返すことはできていなかった。ソロモン諸島は半年後の9月、台湾と外交関係を断絶し、中国と国交を結ぶ方針を決めた。

 一方、トランプ政権全体が台湾を支えるという考え方で一致しているかというと、そうとは言い切れない。最大の不安要因は政権トップのトランプ大統領だ。

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