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コロナ危機で加速する米中経済の分離/「冷戦」は「熱戦」に変わるのか?

第6部「トゥキディデスの罠―経済ナショナリストに率いられた大国間競争」(5)

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

「非理性的な恐怖」と懸念の声も

 「中国のスパイ活動ほど深刻な脅威はない。彼らは情報機関や国営企業、民間企業を始め、大学院生や研究者ら様々な人々を使って情報を盗んでいる」

 2019年4月下旬、米ワシントン。連邦捜査局(FBI)のクリストファー・レイ長官が講演でそう訴えた後、「我々は孔子学院を懸念している」と強調した(Council on Foreign Relations. “A Conversation With Christopher Wray.” 26 April 2019.

 レイ氏は1年前ほどの米上院公聴会でも「我々は孔子学院を注視している。いくつかの事例は捜査段階にある」と語っていた。

拡大米上院の公聴会で証言する連邦捜査局(FBI)のクリストファー・レイ長官=ワシントン、ランハム裕子撮影、2018年2月13日

 米捜査当局が孔子学院を警戒する背景には、米国の大学で中国のスパイ活動に対する懸念が高まっている事情がある。最先端技術の研究を盗まれるという危惧もあり、マサチューセッツ工科大学は同年4月、中国情報通信大手の華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)との協力関係の打ち切りを決めた。

 連邦議会では、孔子学院に対する圧力強化を求める声が超党派で広がっている。対中強硬派で知られる共和党の有力議員、マルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州選出)は2018年2月、同州内の大学4校に書簡を送り、孔子学院との契約打ち切りを求めた(U.S. Senator Marco Rubio (R-FL). “Rubio Warns of Beijing's Growing Influence, Urges Florida Schools to Terminate Confucius Institute Agreements.” 5 February 2018.)。その後、3校が閉鎖を発表した。

 孔子学院が米国で急速に増え始めたのは、2007年の金融危機以降だ。中国語の授業を増やしたいが、資金難で対応できなかった大学にとって、孔子学院は「渡りに船」だった。

 ところが、2014年6月、米国大学教授協会(AAUP)が「孔子学院は中国政府の一機関で、『学問の自由』を無視している」と批判する声明を発表。孔子学院本部を運営する漢弁が大学側と結ぶ合意文書のほとんどに非開示条項があり、「教員を管理することや授業内容の選択をすることが孔子学院側に許されている」と問題視した。その上で、大学に対し、自主性と「学問の自由」が担保されない限り、契約を打ち切るよう求めた(American Association of University Professors (AAUP). “On Partnerships with Foreign Governments: The Case of Confucius Institutes.” June 2014.)。同年9月、シカゴ大は米国で初めて孔子学院閉鎖を決めた。

 孔子学院排除の動きを戒めたり、排除の根拠を疑問視したりする声も出始めている。

 政府機関を監視する米政府監査院(GAO)は2019年2月、孔子学院を運営する米大学10校に聞き取り調査した報告書を公表。複数の大学の孔子学院で、チベット問題や南シナ海問題、宗教問題といった中国政府に批判的なテーマでイベントを開催し、大学側は「中国側から制限を受けたことはない」と回答していた(United States Government Accountability Office. “Agreements Establishing Confucius Institutes at U.S. Universities Are Similar, but Institute Operations Vary.” February 2019.)。

 これは、米上院常設調査小委員会が同月公表した報告書の「孔子学院は台湾独立問題や天安門事件など物議を醸す議題は扱わない」という記述と食い違っている(PERMANENT SUBCOMMITTEE ON INVESTIGATIONS UNITED STATES SENATE. “CHINA’S IMPACT ON THE U.S. EDUCATION SYSTEM.”)。

 また、GAOの報告書によると、10校すべてが「孔子学院のカリキュラムは大学側の完全な支配下にある」と回答していた。これも、小委員会報告書の「中国政府は米国の孔子学院のほぼすべての分野を支配下におく」という記述と異なっている。

 最初に孔子学院の問題点を指摘したAAUPからも、米政界の圧力については「行き過ぎ」と懸念する声が上がっている。

 AAUPの「学問の自由」委員会議長で、カリフォルニア州立大イーストベイ校名誉教授のヘンリー・ライクマン氏は「孔子学院の閉鎖は、我々が懸念する『学問の自由』が理由ではなく、中国のプロパガンダに対する非理性的な恐怖によるものだ。中国政府の見解に我々が賛同しようがしまいが、米国社会は中国に対するすべての見方にオープンであるべきだ」と語った(ヘンリー・ライクマン氏へのインタビュー取材。2019年2月19日)。


筆者

園田耕司

園田耕司(そのだ・こうじ) 朝日新聞ワシントン特派員

1976年、宮崎県生まれ。2000年、早稲田大学第一文学部卒、朝日新聞入社。福井、長野総局、西部本社報道センターを経て、2007年、政治部。総理番、平河ク・大島理森国対委員長番、与党ク・輿石東参院会長番、防衛省、外務省を担当。2015年、ハーバード大学日米関係プログラム客員研究員。2016年、政治部国会キャップとして日本の新聞メディアとして初めて「ファクトチェック」を導入。2018年、アメリカ総局。共著に「安倍政権の裏の顔『攻防 集団的自衛権』ドキュメント」(講談社)、「この国を揺るがす男 安倍晋三とは何者か」(筑摩書房)。メールアドレスはsonoda-k1@asahi.com

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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