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安倍首相の「緊急事態」改憲論 耐えられぬその軽さ

パンデミックという危機に乗じて悲願の改憲を持ち出す政治への既視感~ドイツとの比較

豊 秀一 朝日新聞編集委員

Ⅰ 歴史が教える緊急事態の破壊力

 憲法記念日の5月3日、安倍晋三首相は、右派「日本会議」が主導する改憲団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などによる会合に、自民党総裁として約9分間のメッセージを送った。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言の発出に触れ、日本国憲法には緊急時に対応する規定が「参議院の緊急集会」しかない、と指摘してこう訴えた。

 今回のような未曽有の危機を経験した今、緊急事態において国民の命や安全を何としても守るため、国家や国民がどのような役割を果たし、国難を乗りこえていくべきか、そしてそのことを憲法にどのように位置づけるかについては、きわめて重く、大切な課題であると私自身改めて認識した次第です。自民党がたたき台としてすでにお示ししている改憲4項目の中にも「緊急事態対応」は含まれておりますが、まずは国会の憲法審査会の場でじっくりと議論をすすめていくべきであると考えます。

 危機に乗じて悲願である改憲の持論を持ち出す首相の姿勢には当然、野党だけでなく自民党幹部からも「新型コロナの混乱に乗じて動かそうとしていると言われる」などと批判の声が上がったという(5月4日付朝日新聞朝刊2面)。

拡大憲法改正を期待する安倍晋三首相のビデオメッセージが改憲派が集会で紹介された=2016年5月3日、東京都千代田区

 首相メッセージに既視感を覚えた。

 2016年4月14日夜、熊本県を「震度7」の地震が襲った。翌日の15日午後、官邸での記者会見で、憲法に緊急事態条項を新設することの必要性を記者から問われ、菅義偉官房長官はこう答えた。

 今回のような大規模災害が発生したような緊急時において、国民の安全を守るために、国家そして国民自らが、どのような役割を果たすべきかを憲法にどのように位置づけるかということについては、極めて重く大切な課題だと思っています。

 中身はほぼ同じ。要は地震が感染症(新型コロナウイルス)に入れ替わっただけではないか。

 「憲法改正の大きな一つの実験台」(1月30日の自民党二階派例会での伊吹文明元衆院議長の発言)

 「新型コロナウイルスの問題は(緊急事態条項を考えるうえでの)まさしくいいお手本」(1月28日の衆院予算委員会での馬場伸幸・日本維新の会幹事長の発言)

 火事場泥棒的に政治家たちから繰り出される言葉は、耐えられないほど軽い。改憲への突破口にしたいという欲望が先行し、憲法に緊急事態を書き込むとはどういうことなのかという熟慮のあとが見えないからだ。

 歴史が教えるのは、憲法に緊急事態条項をビルトインすると、使い方を誤れば、立憲民主主義体制を根こそぎ破壊してしまうという事実である。その意味を改めて考えたい。

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筆者

豊 秀一

豊 秀一(ゆたか・しゅういち) 朝日新聞編集委員

1965年5月生まれ。1989年に朝日新聞社に入社し、青森、甲府両支局を経て、社会部で主に憲法・司法担当の取材を続けてきた。著書に「国民投票―憲法を変える?変えない?」(岩波ブックレット)など。

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