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PCR検査はなぜ制限されたのか~緊急対談「中島岳志×保坂展人」(前編)

PCR検査を拡大する──世田谷区の取り組み

中島岳志 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

区内にPCR検査センターを発足

保坂 世田谷区では、1月27日に新型コロナウイルス感染症対策本部を立ち上げたのですが、そこから間もなく、2月には区内でも感染者が出始めたという状況でした。

 そんな中、3月初めごろから、区の内外で「検査を希望してもなかなか受け入れてもらえない」という悲痛な声が聞こえてくるようになります。高熱が続いたり、かかりつけ医から検査を勧められたりしているのに、保健所の電話相談センターに連絡してもなかなか検査につながらないというのですね。

 保健所というのは東京都から医師の派遣を受けるなど都とのつながりが深いのですが、区長としても早い段階で「希望しているのに検査できないということは極力ないように」と強く指示してきました。保健所の側も、特に感染者数が急速に増えた3月の後半からは、当時言われていた「発熱後も4日間は自宅待機を」といった決まりに機械的に当てはめることなく、なるべく検査をしようとしてくれていたと思います。

 ただ当初は、保健所が、相談センターでの電話対応から、出張して検体をとりボックスに入れて検査機関に運びこむこと、検査結果の通知、陽性だった場合には治療にあたる病院の選定や患者さんの病院への送迎まで、ほとんどすべてを一手に担っている状況でした。検査陽性者数が週に数名くらいだったときはそれでもよかったのですが、数が増えるにつれてだんだん回らなくなってきた。

 また、一部の民間病院でも帰国者・接触者外来という形でPCR検査を実施していたのですが、そちらもかなり希望者数が膨れあがって、十分に機能しなくなりつつありました。

 そこで4月の初めに、保健所や区内の医師会──世田谷区医師会、玉川医師会の二つがあるのですが──、また区内の病院の責任者など、区の医療関係者が一堂に会するミーティングをもちました。そこで、PCR検査をもっと拡大すべきだ、専門的に集約できる場所をつくろうという点で意見が一致し、新たに区内にPCR検査センターを発足させることになったのです。

拡大保坂展人・世田谷区長

中島 センターが立ち上がったのは4月7日、国の緊急事態宣言が出された翌日ですね。

保坂 そうです。ここはかなりスピードを上げて取り組みました。当初は医師1人体制だったのですが、現在は世田谷区医師会の協力を得て、医師2人体制になっています。

 その後、玉川医師会でもドライブスルー方式による検体採取を5月半ばから始めていただくことになり、検査センターとあわせて従来の倍以上の検査をできる体制が新たに整いました。従来の保健所での検査、民間病院の帰国者・接触者外来での検査もありますので、区全体の検査能力は1日100名以上ということになります。これまで保健所のやってきた行政検体だけで1500名以上が検査を受けられました。ここに民間病院で検査した数百人が別に加わります。

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筆者

中島岳志

中島岳志(なかじま・たけし) 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

1975年、大阪生まれ。大阪外国語大学でヒンディー語を専攻。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科でインド政治を研究し、2002年に『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中公新書ラクレ)を出版。また、近代における日本とアジアの関わりを研究し、2005年『中村屋のボース』(白水社)を出版。大仏次郎論壇賞、アジア太平洋賞大賞を受賞する。学術博士(地域研究)。著書に『ナショナリズムと宗教』(春風社)、『パール判事』(白水社)、『秋葉原事件』(朝日新聞出版)、『「リベラル保守」宣言』(新潮社)、『血盟団事件』(文藝春秋)、『岩波茂雄』(岩波書店)、『アジア主義』(潮出版)、『下中彌三郎』(平凡社)、『親鸞と日本主義』(新潮選書)、『保守と立憲』(スタンドブックス)、『超国家主義』(筑摩書房)などがある。北海道大学大学院法学研究科准教授を経て、現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。

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