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「9月入学」は拙速?わずか1ヶ月で実施した戦後義務教育改革から学ぶこと

「今しかない」「今ではない」の単純な二元論を超えた議論ができるか

曽我豪 朝日新聞編集委員(政治担当)

拙速の極みだった「六・三制」の導入

 かつて、拙速といえば拙速の極みだったが結果的に戦後の日本社会に定着し、その復興を下支えした改革がある。

 現在まで続く義務教育制、いわゆる「六・三制」である。

 戦前の制度を改め、新たに中学校の3年を義務教育に加えるその改革を、吉田茂内閣が臨時閣議で正式に決めたのは1947(昭和22)年2月26日。同年4月1日からの実施のわずか1ヶ月あまり、文字どおり直前の拙速ぶりだったのである。

 当時表裏一枚の朝日新聞は、翌日の朝刊の一面トップで、淡々とその事実のみを伝えている。

拡大「6・3制」の4月からの実施決定を報じる1947年2月27日の朝日新聞朝刊

 改革はなぜ、できたのか。

 答えの一つは、故高坂正堯元京大教授の『宰相 吉田茂』(中公叢書)の記述に明らかである。

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筆者

曽我豪

曽我豪(そが・たけし) 朝日新聞編集委員(政治担当)

1962年生まれ。三重県出身。1985年、東大法卒、朝日新聞入社。熊本支局、西部本社社会部を経て89年政治部。総理番、平河ク・梶山幹事長番、野党ク・民社党担当、文部、建設・国土、労働省など担当。94年、週刊朝日。 オウム事件、阪神大震災、など。テリー伊藤氏の架空政治小説を担当(後に「永田町風雲録」として出版)。97年、政治部 金融国会で「政策新人類」を造語。2000年、月刊誌「論座」副編集長。01年 政治部 小泉政権誕生に遭遇。05年、政治部デスク。07年、編集局編集委員(政治担当)。11年、政治部長。14年、編集委員(政治担当)。15年 東大客員教授

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