[188]「羽鳥慎一モーニングショー」、吉田千亜『孤塁』、首相記者会見……
2020年05月12日
4月29日(水) 東京をベースに報道の仕事をしている限り、公共交通機関を使って移動すること自体が、著しく危険かつ好ましからぬ行為であるかのように、事態は推移しているようにみえる。実際、電車のなかはガラガラだし、駅も閑散としている。皆、この空気を怖れているのだ。移動にともなうさまざまなリスクを軽減するための措置をあれこれ考えて、先週から実行に移している。
朝、何気なくテレ朝の「羽鳥慎一モーニングショー」をみていたら、リモート出演(よくわからない和洋折衷語だな)の玉川徹さんが、きのうの番組中でのコメントに事実誤認があったとしてかなり切迫した様子で訂正謝罪していた。土日のPCR検査数が民間の数字のみとか口走ってしまったことについてだった。
「土日は行政機関が休みになるので、実は(東京都の陽性者の数が)39という件数は全部、民間の検査の件でしかないんですね」。たまたま僕もそれをリアルタイムで聞いていた。しばらくして、上智大の水島宏明教授が「これは凄いスクープでは?」とかネットに書き込んで、結果的にちょっとした騒ぎになった。
その後、事実誤認があったことが判明して、指摘を受けて、玉川さんは今日の番組の中で誤りを認めて謝罪しているのだった。玉川さんは「正しくは、その39名の中に行政機関の検査によるものが、多数含まれていたことが分かりました。そして、土日に関しても行政の検査機関は休んでいなかったというふうなことも分かりました。……本当にすみませんでした」と頭を深く下げていた。
いろんな人がまたいろいろ騒ぐのだろう。だが、この番組がいま現在果たしているテレビの中での役割というものが、もはや厳然として「ある」ことは否定できない。それは、略言すれば、言いたいことを臆せずに自由に言うということだ。正直に言うが、たまに、あ、これ大丈夫かな、と思うような発言もかなり聞かれる。例えば、9月入学制とかがにわかに出てくると、あ、これ賛成だとか。時流に乗りやすい、というか、軽い。
だが、言わないで躊躇して後から手遅れになるよりはよほどいいや。だが、やはり問題外のアウトの場合だってあるだろう。ただ重要なことは「健全な社会の声は一つであるべきではない」(武漢の死亡した医師・李文亮の言葉)。それも含めて他人事ではないのだ。
岩波書店から出版された吉田千亜さんの『孤塁――双葉郡消防士たちの3.11』の書評を書く。双葉郡消防本部の消防士たちの3・11でのすさまじい活動記録。ルポルタージュの金字塔だと思う。それで、のめりこみ過ぎて、分量がかなりオーバーしてしまったか。
4月30日(木) 津久井やまゆり園事件をめぐって、季刊『福祉労働』のために原稿を書くことになっていたことを思い出したが、さて、何を書けばいいのか。考えを整理する。
夕刻、旧知と渋谷区の広尾で打ち合わせ。コロナウイルス禍が社会の根源的な変動を引き起こす可能性があることをきちんと報じなければならないという点で一致。NHKのEテレで、第1部の再放送が急遽放送が差し替えられた『バリバラ 桜を見る会』の「第2部」が、予定通り放送された。とてもいい番組だった。こういうセンスのある番組をつくっている奴がまだNHKのなかに生き残っているんだよな。それだけで嬉しくなる。
民放でどうして
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