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コロナ禍から浮かぶ、民主主義と「学費」の関係(下)

若者と日本を救うのは恒久的な減額だ

松下秀雄 「論座」副編集長

 先に公開した「コロナ禍から浮かぶ、民主主義と『学費』の関係(上)」では、「政治に無関心」などといわれることが多かった若者たちが、困窮する暮らしや高額な学費に声を上げ、政治を動かすに至る経緯を報告した。

 (下)では、学生たちの言葉を手がかりにしながら、その先を考えてみたい。高い学費に映るこの国のかたちと民主主義。コロナ禍という岐路にとるべき針路。日本の未来を明るいものにするために、ともに考えていただけるなら、たいへんありがたい。

 ひとことだけ、私の結論を先にいわせていただけば、それは「若者を絶望させるな、諦めさせるな」。いま、その瀬戸際にいる。

高等教育が「ぜいたく品」になる理由

 まず、学費が高い理由についてみてみよう。

 「日本の高等教育は正直、公教育ではなくなっていると思います。受験塾のように、自分の利益のために、自分のお金を投じて行く場所になっている」

 「一律学費半額を求めるアクション」の代表、山岸鞠香さん(26)は、5月1日の日本記者クラブの記者会見でこう語った。確かに、大学や専門学校など日本の高等教育は、「公教育」と呼ぶのがはばかられるほど、公による支えが乏しい。

 各国の高等教育への公財政支出(対GDP比)拡大 各国の高等教育への公財政支出(対GDP比)

 授業料減免などのため、補正予算に計上されたのが7億円だったことは象徴的だが、それだけではない。経済協力開発機構(OECD)の諸国が高等教育に支出している公費をその国の国内総生産(GDP)で割ると、日本は堂々の最下位。公費が少ないから私費頼みになり、学費が高くなる。山岸さんの言葉を借りれば、高等教育が「ぜいたく品」、庶民には手が届きにくいものになる。

 国立大学の授業料は、1971年には年間1万2000円だった。その後、値上げが続き、いまは53万5800円が標準額とされ、それ以上に値上げする大学も相次いでいる。

 私は1984年に大学に進学し、2年の時に父を亡くした。その時は大学に通い続けられるのか不安になり、同級生たちにもそう話したことを記憶している。当時の授業料は年間25万2000円。もしもいまの額だったら、もしも私立に通っていたら、私はどうなっていただろうかと考えこんでしまう。

 一方、OECDの調査によれば、スウェーデン、デンマークなどでは国公立大学の授業料は無料。ドイツやフランスでも1万~2万円台に過ぎない。彼我の違いに、ため息が出る。

国立大学と私立大学の授業料の推移拡大国立大学と私立大学の授業料の推移

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筆者

松下秀雄

松下秀雄(まつした・ひでお) 「論座」副編集長

1964年、大阪生まれ。89年、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸、与党、野党、外務省、財務省などを担当し、デスクや論説委員、編集委員を経て、2020年4月から言論サイト「論座」副編集長。女性や若者、様々なマイノリティーの政治参加や、憲法、憲法改正国民投票などに関心をもち、取材・執筆している。

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