問題の本質である「政治による行政のコントロールのあり方」を論ず
2020年05月20日
1月31日の閣議決定で国家公務員法の従来の法解釈を変更し、東京高検の定年延長を決めた後、新型インフルエンザ等対策特別措置法が成立し、新型コロナウィルス感染症への国をあげた対策が本格化しだした3月13日、国会に提出された検察庁法改正案。野党のみならず、ツイッター上では一般人だけではなく、多数の芸能人・著名人が抗議の意を表明、ロッキード事件を指揮した検事総長経験者を含む検察OBまでもが公式に政府に対して抗議文を提出するという異例の展開を経て、政府・与党は18日、今国会での同法改正案の成立を断念しました。
すでに多数の解説が出ているところではありますが、政府・与党は依然、次期国会での成立をめざす構えを崩していないこともあり、本稿では、あらためてこの問題の概要を解説した上で、おそらくは問題の本質である、「政治による行政のコントロールのあり方」について論じたいと思います。
まず、検察庁法改正をめぐるこれまでの動きについて、時系列で整理してみましょう。
① 2019年10月、検察官の定年を65歳、次長検事、検事長の役職定年を63歳とする定年延長のない検察庁法改正案が固まる。
② 1月31日の閣議決定で、検察庁法22条、32条の2に基づいて、2月8日の63歳の誕生日で定年を迎える黒川検事長について、国家公務員法81条の2第1項、81条の3第1項の規定に基づき、1年の定年延長を行った。
③ 2月3日の国会答弁で、②について森まさこ法相が、「検察官の定年延長については、(検察庁法ではなく)一般法である国家公務員法が優先される」と答弁した。
④ 2月10日の国会審議で、立憲民主党の山尾志桜里議員から「検察官の定年延長については特例法である検察庁法が適用され、国家公務員法は適用されない」とした昭和56年の人事院の答弁が示される。
⑤ 2月12日の国会審議で、人事院の松尾恵美子給与局長が「現在まで特に議論はなく、解釈は引き継いでいる」と答弁した。
⑥ 2月13日に安倍晋三総理が、衆院本会議で「今般、国家公務員法の規定が適用されると解釈した」と答弁し、政府による解釈変更を認めた。
⑦ 2月17日に森法相が、安倍総理が明らかにした解釈変更は、黒川検事長の定年延長に先立って、1月中に行ったと答弁した。その後、より詳細には1月17日に辻裕教法務事務次官が検察官の定年延長を認める法解釈の決裁を森法相に求め、森法相はその場で了承する旨を口頭で伝えて決裁した(決裁文書はない)旨を答弁した。その後、法務省は、1月17~21日には内閣法制局、22~24日には人事院と協議し、双方から了承を得たとした。
⑧ 2月19日人事院の松尾給与局長が2月12日の答弁における「現在」は「言い間違い」であり、「1月22日の事だった」と答弁を修正した。
⑨ 2月20日 森法相は、衆議院予算委員会で、法務省が国会に提出した、東京高等検察庁の検事長の定年延長が妥当だとする文書について、「必要な決裁は取っている」と答弁した。
⑩ 2月21日 法務省担当者、衆議院予算委員会理事会で、この「決裁」は文書による決済ではなく、口頭の決裁である事を明らかにした。
⑪ 2月25日 森法相は、記者会見で口頭の決済も正式の決済であると述べた。
⑫ 3月9日 森法相が、参議院予算員会で、解釈変更の理由を尋ねられ、「東日本大震災の時に検察官は最初に逃げた」と答弁した。
⑬ 3月11日 森法相は、⑫の答弁について、衆議院法務委員会で「『理由なく』と『逃げた』は個人的見解」として、参議院予算委員会において、「個人の見解と事前に示すことなく申し上げたことは不適当であり、撤回する」とした。
⑭ 3月13日 ①の従前の検察庁法改正案に、内閣の判断で検事総長の定年延長、次長検事、検事長の役職定年延長、法務大臣の判断による検事正の役職定年延長を加えた検察庁法改正案が閣議決定され、国会に提出された。
⑮ 5月13日 衆議院内閣委員会に置ける審議で定年・役職定年延長の判断基準を問われた武田良太国家公務員制度担当相は、「(基準は)今はない」「今後、人事院や国会審議をふまえ法務省で具体的な検討を進める」と答弁した。
このように実に錯綜した展開をみせていますが、各所で整理されている通り、この問題は、(1)黒川検事長の定年延長の問題(2)検察庁法改正の問題――二つに分けられます。そこで、それぞれについて内容と問題点を論じたいと思います。
まず、黒川検事長の定年延長についてですが、まずは問題となっている、国家公務員法81条の2第1項、81条の3第1項と、検察庁法22条、32条の2を見てみましょう。
国家公務員法
81条の2
(1)職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の3月31日又は第55条第1項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(以下「定年退職日」という。)に退職する。
81条の3
(1)任命権者は、定年に達した職員が前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。
検察庁法
22条
検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する。
32条の2
この法律第15条、第18条乃至第20条及び第22条乃至第25条の規定は、国家公務員法(昭和22年法律第120号)附則第13条の規定により、検察官の職務と責任の特殊性に基いて、同法の特例を定めたものとする。
条文の構造上からも、通常の日本語からも、検察庁法第22条の定年の規定は、国家公務員法81条の2の「法律に別段の定めのある場合」に該当し、検察官の定年には検察庁法22条の「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する」のみが適用となることは明白ですし、これは「特別法は一般法に優先する」という法律解釈の大原則にも合致するものです。当然ながら、従来の日本政府もこの解釈を採用してきました。
こうした極めて自然で、法律解釈の大原則に合致する解釈を、閣議決定だけで突如、変更できるとすれば、どのような法律も、牽強付会な理屈をつけることさえできれば、いかなる解釈変更も可能ということになってしまいます。
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