少数の反対意見を吸収するのは道徳ではなく極めてリアルな政治の知恵だ
2020年05月27日
国会はデジタルではない。
一かゼロか、イエスかノーか、そんなデジタルな発想から、数によって法案の行方が決まるのであれば、選挙で議席が確定した時点で、すべてが定まってしまうだろう。だがそうはならないのが、議会制民主主義に基づく政党政治の面白さであり妙味である。
与野党の論争により法案の問題点が浮き彫りにされ、世論の批判や怒りが高まれば、どんな強固な政権であれ、簡単には強行など出来なくなる。戦後政治の歴史がそれを実証する。
岸政権は1958(昭和33)年5月の衆院選で大勝、絶対多数の安定基盤を得た。そこで岸首相が本願の日米安保改定に向け、同年秋の臨時国会に提出したのが、警察官の警告や制止、立ち入りを強化する警職法改正案だった。
だが、戦前・戦中の特高警察の記憶が鮮明に残るなか、社会党や労組の反対運動は一気に大衆化する。政権は会期延長で採決強行を狙うが、自民党内にさえ慎重論が台頭して結局、岸首相は審議未了・廃案を余儀なくされた。
選挙で大勝したが故の政権の奢(おご)りが、かえって世論の動向に対するセンサー機能を失わせるのだろうか、長期政権は時にその過ちを繰り返す。
佐藤栄作政権は、衆院選で歴史的な大勝を遂げて自民党総裁4選を果たし、まさに本願の沖縄返還を成就させた直後、いわば花道になるはずの72年の国会で法案が通らなくなった。福田赳夫、田中角栄による後継者レースが先行して急速に政権は求心力を失い、健康保険法改正案と国鉄運賃値上げ法案の二つが廃案に追い込まれた。それは佐藤が首相辞任を決意する直接の要因ともなった。
中曽根康弘政権も86年の「死んだふり解散」による衆参同日選で大勝、自民党総裁任期の1年延長を手にした直後、売上税導入を図ろうとして頓挫する。選挙でやらないと首相自身が明言した大型間接税の導入を意味するそれに対して「公約違反だ」との批判が、現実の世論調査や地方選挙の結果に現れ、自民党内にも反対論が噴出。首相は売上税法案の成立断念を受け入れるよりほかなかった。
安倍晋三政権が今回、国家公務員法と検察庁法の改正案の廃案に追い込まれたのもまた、長期政権の奢りや、ネットを含めた国民世論の批判の高まりの結果である点において、権力者が陥りやすい政治的感度の喪失を物語るものであろう。
ただ、その根底には、さらに深い病理があるように思う。それは、かつて国民政党と言われた自民党が確実に有していた保守の懐深い知恵が失われていたことの論理的帰結ではなかったか。
なくして初めて、人はかけがえのないものは何だったかを知るという。
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