権力についての見識と自制心を欠く安倍政権の現実
2020年05月24日
安倍晋三政権が強引に進めてきた検事総長人事は、首相官邸が定年延長まで強行して推した黒川弘務・東京高検検事長の「賭けマージャン」発覚による辞任で、あっけなく頓挫した。この人事を後付けするために国会に提出された幹部検察官の定年延長法案も成立を断念、先送りされた。
一連の過程で浮き彫りになったのは、検察庁を含む霞が関の官僚の人事権をあくまで握り続けるという安倍政権の執着心である。それが、権力維持の源泉と信じているためだ。しかし、冷静に分析すると、この官邸主導人事が、霞が関に「権力による支配」という風潮を広め、政策決定をゆがめるという問題点を浮き彫りにしている。
いまの安倍政権は、官邸に設置された内閣人事局を中心に霞が関の官僚支配を強めてきた。各省の事務次官、局長、審議官など約600人の人事は、内閣人事局の了承を得なければ進まない。
人事局のトップは現在、杉田和博官房副長官(事務)だが、杉田氏は主要人事については菅義偉官房長官と安倍首相に相談する。実質的には菅、安倍両氏が霞が関の人事権を握っている。政権発足から7年半、霞が関の官僚たちは、官邸の意向にひれ伏すようになった。安倍、菅両氏にとっては予想以上の「従順さ」と映っただろう。
官邸主導人事は、具体的にはどう運用されているのか。
各省庁は、事務次官や主要局長について複数の案を官邸側に提示。その内容を説明しながら、官邸側の判断を仰ぐ形となっている。杉田副長官は、あらかじめ安倍首相や菅官房長官の意向を聞き、各省庁との折衝に当たる。多くの場合は役所側が「本命」としている人事が通るが、時には本命以外が指名されるケースもあるという。
さらに、役所が提示した候補以外を官邸が要求する例もある。その場合、役所は持ち帰って再検討するが、最終的には官邸の案が採用される場合が多い。それぞれの人事の折衝経過は、役所内に伝えられ、広がっていく。「〇〇次官案がつぶされた」「××局長案は菅さんの意向らしい」といったうわさは、霞が関の格好の話題となる。それが、安倍官邸の権力の源泉となるのである。
官邸と各省庁との駆け引きが繰り広げられるが、なかにはしたたかに官邸の意向をすり抜ける役所もある。例えば財務省。事務次官にたどり着くのは、多くの場合、官房長、主計局長経験者。早い段階で次官コースを固めて、政治の介入を弱めようという手法だ。
それでも安倍政権は、森友問題の国会答弁で「交渉記録はない」などと言い続けた佐川宣寿理財局長を国税庁長官に抜擢する人事に踏み込んでいる。官僚の政策立案力より「国会答弁で安倍首相を守った」という点が重視された人事だった。
外務省の幹部人事でも、事務次官の交代を求めたり、安倍首相の秘書官経験者を主要局長に押し込んだりしてきた。ある外相経験者は「官邸の執拗な要求に悩まされた」とこぼしている。
安倍政権の矛先は、これまで「中立」とみられてきた組織の人事にも向かった。2013年、安倍首相は集団的自衛権の行使を容認するための憲法解釈の変更と関連法案の作成に着手。それまで集団的自衛権は憲法9条に反するという見解を維持してきた内閣法制局との対応が注目された。
内閣法制局は、政府の憲法や法律の解釈を担い、「憲法の番人」とも言われてきた。法制局長官は法務省、財務省、総務省などの出身者が交代で務め、政治とは距離を置いた機関と位置付けられてきた。
集団的自衛権をめぐって、安倍首相には二つの選択肢があった。一つは内閣法制局を理論的に説き伏せ、解釈を「合憲」に変更させること。もう一つは法制局長官を集団的自衛権合憲論者に交代させることだった。安倍氏は後者を選択。集団的自衛権行使=合憲を唱える小松一郎駐フランス大使を法制局長官に起用した。
小松氏は外務省条約局長などを経験。外務省出身者の法制局長官就任は極めて異例だった。これによって、内閣法制局は「制圧」され、憲法解釈は変更された。集団的自衛権の行使を容認する安全保障法制は国会に提出され、反対する野党を押し切って可決、成立した。
黒川氏の人事の底流には、官邸と官僚とのこうした力関係の変化がある。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください