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香港2047年問題~香港の未来を築く当事者は誰なのか?

国家安全法で火がついた「高度の自治」

市川速水 朝日新聞編集委員

不明確な「99年」と「50年」

 租借期間が「99年間」と定められた理由ははっきりしなかった。国際法上の「99年」は、ほぼ「永久」の概念に近いとされるが、中国が清朝から中華民国、さらに中国共産党政権の中華人民共和国に変わっても、中国は「99」という数字を忘れてはいなかった。ちなみに中国語で「9・9」の発音は「久・久」と同じなので、「99に永遠の意味をかけた中国流謎解きだろう」と語る外交官もいたが、真相は分からない。

 1970年代以降、「99年間租借」後の1997年以降の土地権利関係がどうなるのか、不動産業者らの不安を受けて、英国側が中国に「1997年以降の香港帰属問題」を協議するよう働きかける。

 膠着状態を打開したのがマーガレット・サッチャー首相と中国の最高実力者・鄧小平氏という現実主義者2人だった。サッチャー氏は1982年6月にフォークランド紛争でアルゼンチンに勝利し、その勢いで直後に鄧氏と会い、有利に進めようとしたが、鄧氏は「香港はフォークランドではなく、中国はアルゼンチンではない」と「港人治港」(香港を治めるのは香港人)の原則を掲げて激しく応酬。英国が中国の言い分を聞かない場合、香港への武力行使や水の供給停止など実力行使もありうることを示唆した。

 租借地の新界はともかく、香港島や九竜は英国に割譲されたものだ、と英国が中国の返還要求を突っぱねることもできたかもしれないが、中国は「新界だけではない。香港全体が英国に占領された中国領土なのだ」と国際社会に向けて主張した。国連も加盟国も、武力で割譲を迫った帝国主義による植民地拡大の過去を正当化することを支持しなかった。

 こうして、中国の要求を英国がほぼ受け入れ、「大英帝国時代」は終焉を告げた。

拡大香港返還の瞬間、喜びに沸く人たち=1997年7月1日午前0時、香港島・銅鑼湾

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筆者

市川速水

市川速水(いちかわ・はやみ) 朝日新聞編集委員

1960年生まれ。一橋大学法学部卒。東京社会部、香港返還(1997年)時の香港特派員。ソウル支局長時代は北朝鮮の核疑惑をめぐる6者協議を取材。中国総局長(北京)時代には習近平国家主席(当時副主席)と会見。2016年9月から現職。著書に「皇室報道」、対談集「朝日vs.産経 ソウル発」(いずれも朝日新聞社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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