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「日米同盟基軸」でも他国にヘッジをかける日本

第7部「ドナルド・シンゾウ―蜜月関係の実像」(4)

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

 安倍晋三首相は2016年11月、大統領就任前のトランプ氏と外国首脳としては初めてニューヨークで会談して以来、ゴルフ外交を含めて頻繁に首脳会談を重ねてきた。しかし、1980年代から「日本は米国を利用し続けてきた」と考えるトランプ氏は日本に対しても追及の手を緩める様子はない。日米貿易交渉では対日貿易赤字の削減を迫り、米国製武器を購入するように求め、米国の失われた富を取り戻そうとする。アメリカ・ファーストを訴えるトランプ氏のもとで国際社会のリーダー役を放棄しつつある米国と、経済・軍事的に台頭著しい中国に挟まれる格好の日本。蜜月と言われる「ドナルド・シンゾウ」関係のもとでの日米関係の実像に迫る。

「日本が中国と同盟パートナーになれないのは確実」

 経済的・軍事的な台頭著しい中国と、その中国を抑え込もうと大国間競争を仕掛ける米国。両大国の狭間に位置する日本にとっては、米中のパワーゲームをにらみつつ、米国の同盟国として中国とどのような距離感でつき合っていくかという問題が最も大きな外交課題の一つと言って良い。

 竹内行夫元外務次官は、過去の日中関係を振り返ったとき、2001年の中国の世界貿易機構(WTO)加盟をどの国よりも懸命に支援したのは日本だった、と語る(竹内行夫氏へのインタビュー取材。2020年5月12日)。

 「中国が経済的に発展し近代化が進めば、個人の自由など政治的自由も促進するだろうという期待感があった。しかし、中国は我々の期待通りの道を進まなかった。とくに習近平体制になってからは逆の方向に向かっている」

 中国は習近平国家主席のもとで中国国内の人権抑圧政策などを進め、権威主義国家としての性格をますます強めている。日本がいくら中国との間で隣国同士としての良好な外交関係をつくることができたとしても、中国とは自由や人権の尊重といった民主主義国家としてのリベラル的な価値観を共有していないという事実が変わることはない。

ホワイトハウスで行われた共同会見で演説する中国の習近平国家主席=ワシントン、ランハム裕子撮影、2015年9月25日

 竹内氏は「日本にとって中国とは、経済的な相互依存によって相互利益の関係があると思う。しかし、香港政策や国内での人権弾圧をみたとき、どう考えても中国的な統治のあり方に日本はくみしえない。日本が中国と一緒になって国際秩序をつくろうという同盟のパートナーになれないことは確実だ」と語り、日本にとって米国の存在が中国に置き換わることは将来的にもありえない、という考えを示す。

 とはいえ、日本政府内には、トランプ政権が中国に仕掛けている「大国間競争」に安易に同調することに警戒する向きもある。

 ある日本政府関係者は「米国はこれまで『テロとの戦い』を掲げ、中東地域に目を向け、『米国の敵はここにいる』と言ってきた。だが、今度は『中国との戦い』だと目標設定を変えた。しかし、日本は中国とは隣国同士で距離的に近く、これまでの歴史的な関係もあり、米国のように簡単に目標設定の変更という次元で日中関係を語ることはできない。日本が米国の『大国間競争』に追随すれば、日本の経済・安全保障とあらゆる分野で深刻な影響が出る恐れがあるだろう」と語る。

中距離ミサイル日本配備の可能性

 米中対立の激化は、日本の安全保障に大きな影響を与えている。とくに大きな影響が出るとみられているのが、米国が中距離ミサイルを日本国内に配備する可能性だ。

 トランプ大統領は2018年10月、冷戦時代に米国と旧ソ連が結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄する方針を表明した。米側は近年、ロシアが条約で禁止された兵器の開発を行って条約を破っていると不満を募らせるとともに、条約に加わっていない中国が自由に開発を続けていることを問題視していた。

 米国はINFから離脱したことで、条約で禁止されていた地上配備型中距離ミサイルの開発を進めている。米政権内で具体的に検討されているのが、中国の増強する中距離ミサイルに対抗し、核を搭載していない地上配備型中距離ミサイルをアジア太平洋地域に配備する計画だ。

 候補地には地理的に中国に近い日本の在日米軍基地も含まれる。ただし、実際に中距離ミサイルが在日米軍基地に配備されれば、日本は米中衝突の最前線になりかねないというリスクを抱え込むことになる。

 安全保障問題に詳しい米ランド研究所のジェフリー・ホーナン研究員は仮に日本に中距離ミサイルが配備された場合、中国やロシア、北朝鮮への抑止力として機能するという見方を示す。一方で、「日本から発射されたミサイルは15~20分以内で(相手国に)着弾するため、日本は即座に狙われる標的となる。米国と中国などとの間で偶発的衝突が起きれば、日本も巻き込まれることになる」とも指摘する(ジェフリー・ホーナン氏へのインタビュー取材。2019年1月29日)。

 「日本はこれまで米国が世界各地の紛争にかかわる際、横須賀から米空母が派遣されるなど、目立たない形で関与してきた。しかし、今度は日本国内から中距離ミサイルが直接発射されるわけであり、中国などはこれに対抗手段を講じる可能性がある」

 ホーナン氏は、日本政府としてはこうしたリスクを踏まえたうえで米側の提案を受け入れるかどうか慎重に判断するべきだ、と提案する。

 「米国が中距離ミサイルを日本に配備することで『果たして日本の安全保障は強化されるのか、それとも弱体化するのか』という疑問が出てくるだろう。日本の政策決定者たちはこうした問題について注意深く検証する必要がある」

日米の対中観ギャップ

 日米両国は中国を安全保障上の共通の脅威と認識しているものの、両国の対中観を詳しく見たとき、米国は中国に対して対決姿勢を強めているのに対し、日本は協調を探るなどのギャップも見られる。

ホワイトハウスで共同会見するトランプ大統領(右)と安倍首相=ワシントン、ランハム裕子撮影、2018年6月7日

 例えば、米国と同じ名称の「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想にも違いがある。

 日本版FOIP構想はもともと、安倍晋三首相が2016年8月、ケニア・ナイロビで開かれた第6回アフリカ開発会議(TICAD6)で発表し、アジアとアフリカを結ぶという意味合いを込めて「インド太平洋」という名称と使った経緯がある。日本版FOIP構想では米国が抜けた後の環太平洋経済連携協定(TPP)11といった多国間の自由貿易を重視して保護貿易主義に対抗する考えがあり、トランプ政権の方向性とは異なる側面もある。

 また、中国との関係改善に動く日本は2018年11月にはもともとの名称だったFOIP「戦略」から「構想」へと名称を修正した。「戦略」は安全保障用語であり、軍事的な対立を想起させるため、「構想」へと変えたとみられる。米国版のFOIP構想が日米豪印といった枠組みを使って中国と対抗するという軍事戦略的な性格を強めているのとは対照的だ。

 米政府当局者によれば、2020年4月に予定されていた中国の習近平国家主席の国賓としての訪日については、日本政府当局者から「今まで『マイナス』の関係だった日中関係を『ゼロ』に戻すためだ。日本は中国に対して米国と同じ歩調をとるが、地政学的に米国と同じ態度はとれないという点を理解して欲しい」という説明を受けたという。

チャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ

 日米両国が同盟国同士として対中観のギャップを乗り越え、中国に対応していく一つのカギとなるのが、「チャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」というキーワードだ。

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