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ルーツ探しで見つけた答えは「自分を表すものは“ひとつ”でなくていい」

世界で活躍するジャグラー・ちゃんへん.さんの「国籍とは何か」を巡る葛藤の軌跡

安田菜津紀 フォトジャーナリスト

拡大ディアボロ2個を使った技を披露するちゃんへん.さん

 ちゃんへん.さん(本名:金昌幸さん)と初めて出会ったのは一昨年の夏、共通の知人を介しての食事会だった。

 ジャグラーとして世界的に活躍していると聞いていたので、私は豪快な雰囲気の人を想像していた。けれども、仲間たちと一緒にわいわい焼肉を囲む輪の中で、ちゃんへん.さんは、どちらかというと物静かな印象を与える人だった。(ちゃんへん.さんのジャグラーの様子は「下の動画」でご覧いただけます)

 彼は二十歳の時、自身の「ルーツを探る旅」に出たことがあるという。ちょうど同じような旅を考えていた私は、なぜちゃんへん.さんがその旅に出ようと思ったのか、そしてそこで何を感じたのか、もっとその道のりを知りたいと思うようになった。

 朝鮮半島にルーツを持つ人々は、「在日」と一言でくくられがちだ。けれども韓国籍だった私の父と、ちゃんへん.さんの家族のあり方が違うように、歩んできた道のりは一様ではない。彼のルーツとこれまでの日々は、「国籍とは何か」「共に生きるとは何か」という、様々な葛藤の軌跡でもあった。

公立の小学校は「外国の学校」

 ちゃんへん.さんが生まれたのは、在日コリアンの集住する地域として知られる京都府宇治市の「ウトロ地区」だ。再開発が進む一方、下水管が剥き出しになっているところがあったり、半壊したまま手つかずの家があったり、時が止まっているかのような風景も残っている。

 「綺麗になった部分と、前のまま変わっていない部分がスパッと分かれているんですよ。まるで新入生や新社会人の着慣れていない制服やスーツ姿みたいに、新しく建ったマンションとかが、まだこの場所になじんでいない気がします」

 このウトロに強いこだわりがあるわけではないと言うちゃんへん.さん。「生まれ故郷ではあるけれど、どちらかというと一世たちが生きて、一生懸命守ってきた場所、という意味合いの方が強いです」という言葉が印象に残った。

 小学校入学前、母の昌枝(チャンジ)さんは、ちゃんへん.さんにこう語ったという。「外国の学校に行くぞ」。それは朝鮮学校ではなく、インターナショナル・スクールでもなく、地元の公立学校のことだった。「特に深い意味はなかったのかもしれませんが、自分たちは国籍が違うから、日本の学校は外国の学校という認識だったのだと思います」

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筆者

安田菜津紀

安田菜津紀(やすだ・なつき) フォトジャーナリスト

1987年神奈川県生まれ。Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル)所属フォトジャーナリスト。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、カンボジアを中心に、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。写真絵本に『それでも、海へ 陸前高田に生きる』(ポプラ社)、著書に『君とまた、あの場所へ シリア難民の明日』(新潮社)。『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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