アジェンダ設定による情報操作に気をつけて
2020年05月28日
筆者が生まれてはじめてmanipulation(情報操作)という言葉を耳にしたのは、いまから40年ほど前のことだった。もう取り壊されてしまった九段会館で実施された岩波文化講演会で、評論家の加藤周一がmanipulationの危険について注意喚起していたことをいまでもよく覚えている。彼の危惧は「コロナ禍」のいまの日本にもあてはまる。
世論の情報操作は、意図的なアジェンダ設定、不正確で歪められた内容、心理的挑発を通じた情報伝達などの手段によって行われることが多い。アジェンダ設定というのは、注目を集めるべき論点を提示して、その論点に耳目を集めて、その問題よりもより重大な問題に関心を向けないようにする手段となる。
その典型例は、9月就学への移行問題をコロナ禍で議論することだ。教育問題は、就学者とその家族など、多くの人々を巻き込んで簡単に議論を巻き起こすことができる。多くの国民の耳目を集め、関心の的とすることを可能にする。その分、別の問題への関心をそらすことができる。
たとえば、コロナ禍の間に、日本原子力発電が敦賀原発2号機の再稼働をめざして原子力規制委員会に提出した安全保障資料を無断で80カ所以上書き換えていたことが問題になっていることを知る国民は少ないだろう。
筆者は9月就学を議論するよりも、いまこそ大切なのは「ベーシック・インカム」(BI)の検討であると考えている。アルバイト収入の減少で、大学や大学院をやめざるをえない学生の増加に心を痛めているからだ。
もちろん、この問題をいま議論しても、すぐにBIが実現するわけではない。ただ、少なくとも9月就学問題より、ずっと重要な喫緊の課題であると思う。なぜならこの問題はまさに「働き方」にかかわる重大問題であるからだ。加えて、BIは世界的潮流であり、時代がBIを求めていることを忘れてはならない。
このサイトに、「「働きたいけれども働けない者は食べてもよい」:ベーシック・インカムの本質はこれだ」という記事を掲載したことがある。そこで、フィンランドで行われたBI実験の中間報告を紹介したが、2020年5月に最終報告が公表されたので、ここでもう一度、この問題を取り上げてみたい。
実験は2017年から2018年までの2年間実施された。仕事を見つける義務もないし、仕事で所得を得ても減らされないBI(月560ユーロ、約6万5000円)を受け取る2000人(25~58歳)と従来通りの基礎的失業支援を受ける比較対象グループ(約17万3000人)について、労働市場での行動や心理的影響が調査され
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