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「超過死亡グラフ改竄」疑惑に、国立感染研は誠実に答えよ!

不可解なグラフの変化を検証するため、国立感染研は原数字などのデータを公開せよ

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

 安倍政権下では露骨な公文書改竄が行われ、統計操作などが繰り返された。このため、行政上の多少のミスでは驚かなくなっていたが、コロナウイルス対策で注目されていた「超過死亡」統計の「変事」には心底驚かされた。

 私が「変事」に気づいたのは、5月20日公開の佐藤章ノート『「感染者数」より「超過死亡」に注目せよ!~東京は6週間で300人』を紹介するツイッターに対し、フォロワーの方から5月24日に「国立感染研が公表した超過死亡のグラフが変更されている。改竄ではないか」との指摘があったからだ。

 その「改竄」疑惑とは――。まずは、国立感染症研究所が公表した二つの「超過死亡」統計グラフをご覧いただきたい。

図A。国立感染研が5月7日に公表

図B。国立感染研が5月24日に公表

 上の図Aが5月7日に国立感染研のHPに公表されたもの、下の図Bが同24日に公表されたものだ。

 一目見て誰しもが感じるのは、折れ線グラフの形が全然違い、異なった時期の「超過死亡」統計だろうということだ。

 ところが、そうではない。二つのグラフはまったく同じ時期の「超過死亡」すなわち死亡数の統計グラフなのだ。

 なぜ、こんな「変事」が生じているのか。

PCR検査による「感染者数」より実態に近い「超過死亡」

 最初に超過死亡統計の仕組みやコロナウイルス対策上の意義などを説明し、次に「変事」発生の原因について、わかっていること、わからないことを整理してお伝えしよう。

 超過死亡の数字は、もともとインフルエンザ流行による死者数を推計するための指標。インフルエンザがはやっていない時に予測される死者数をベースラインとし、流行時の実際の死者数と比較する。

 流行時に膨れ上がるこの死者数が超過死亡で、インフルエンザウイルス感染が原因による死亡や主に肺炎による死亡を意味している。もう少し説明を加えよう。

図A。国立感染研が5月7日に公表
 図A(5月7日公表)にある「実際の死亡数」の折れ線グラフを見ると、今年に入ってからの第8週(2月17日-23日)から、赤い折れ線グラフで表された「閾値」(許容範囲)を超える超過死亡が現れ始め、次の第9週(2月24日-3月1日)から第13週(3月23日-29日)にかけて大きく膨れ上がっている。

 予測される死者数の「ベースライン」をはるかに超えるこの超過死亡は一体何が原因なのか。

 ここでもうひとつのグラフ(図C)を見ていただきたい。東京都感染症情報センターが出している東京都感染症週報の「インフルエンザ定点」のグラフだ。少し見にくいが、赤い折れ線グラフが今年1月初めから第20週(5月11日-17日)までのインフルエンザ流行の具合を表している。

図C

 これを見ると、超過死亡が出た第8週、大きく膨らんだ第9週以降はインフルエンザの流行はほとんど収束している。

 それでは、インフルエンザ以外による超過死亡の原因は何だったのか。今のところ、コロナウイルスによる肺炎以外には考えられない。

 超過死亡統計はもともとインフルエンザの流行による「社会へのインパクト」を計る目的でWHO(世界保健機関)が推奨したもので、日本では国立感染研が1998-99年の冬から導入している。

 元来インフルエンザの「社会へのインパクト」を計る目的を持ったものだが、今年の場合、インフルエンザが収束してコロナウイルスが猖獗を極めたために、極めて少ないPCR検査による感染者数よりもこちらの超過死亡統計の方が、隠れたコロナウイルスの影響をよりリアルに表しているのではないか、と考えられている。

5月7日公表のグラフと5月24日公表のグラフの変化

 各国政府が発表しているコロナウイルスによる死亡数は、どこでも疑問符がつけられている。実際にはもっと多いのではないか、と疑われているのが実情だ。

 このため、世界の医学界が注視しているイギリスの医学誌「ランセット」は5月2日に、「COVIDー19:毎週の超過死のリアルタイム監視の必要性」という論文を掲載した。超過死亡を「リアルタイム」でチェックし、対策に反映させることの重要性を説いたものだ。

図A。国立感染研が5月7日に公表
 国立感染研が5月7日に公表した超過死亡統計のグラフ(図A)に実際のコロナウイルス対策の日付を落としてみると、PCR検査がわずかながらも増加に転じた3月下旬のタイミングも、緊急事態宣言が出された4月上旬の日付も、対策としては決定的に遅れていたことがわかる。

 国立感染研はグラフの基となった原数字を公表していないために正確な数はわからないが、図Aのグラフをよく見ると、2月17日から3月29日の6週間にかけて1週間あたり50人ほどの超過死亡が認められる。つまり、6週間で合計300人ほどの超過死亡が東京で見られたということだ。

 警察庁によると、路上や自宅から病院などに搬送した後に死亡し、死後検査でコロナウイルスの感染が明らかになった人が、3月中旬以降、全国で23人いた。このうち半分以上が東京都内での出来事だ。

 東京都監察医務院が不自然死として23区内で調査した件数は、速報値で3月中に1120件あった。日本法医病理学会が4月中旬に監察医などに実施したアンケート調査によれば、大学法医学教室などが保健所に依頼した遺体のPCR検査23件のうち12件が断られた。

 これらの断片的な情報をつないでみると、カウントされていないコロナウイルスによる死亡者数は、政府が公表している死亡者数830人(5月24日午前12時現在)を相当数上回るのではないか、と考えられる。

 その予測を反映したものが、国立感染研が公表し続けてきた超過死亡グラフ(図A)だった。

 ところが、5月24日になって新たに国立感染研のHPに公表された同じ時期の超過死亡グラフは、それまでとはまったく違うもの(図B)に変わっていた。

図B。国立感染研が5月24日に公表

 24日公表のグラフ(図B)を見て驚くのは、第8週から第13週にかけて超過死亡がほとんどなくなっていることだ。7日公表のグラフ(図A)であれだけ膨らんでいたコブのような超過死亡の膨らみが消え、反対になだらかに下降している。

 こんなことがどうして起こったのだろうか。

 国立感染研が24日にHPで公開した説明文を読むと次のようなことが考えられる。

数字の大きな変動の原因は?

 国立感染研の説明を読んで、まず念頭に置かなければならないのは、グラフの縦軸にある「死亡数」というのは、実際の「死亡数」ではなく、推計された「死亡数」であるということだ。

 死亡届・死亡診断書は最初に市区町村に提出され死亡票が作成される。各保健所はこの死亡票の写しを取って死亡小票を作る。国立感染研はこの死亡小票から、超過死亡の原数字となる死亡数を取っている。

 感染研のHPは、この「インフルエンザ関連死亡迅速把握システム」について、「インフルエンザによる死亡および肺炎による死亡を、死亡個票(=死亡小票・筆者注)受理から約2週間で把握できる本システムを構築しました」と説明を加えている。

 東京都内の保健所は、23区や八王子、町田両市が設置主体の25保健所と東京都が設置主体6保健所の合計31保健所。この31保健所からの死亡小票に基づいてグラフの基になる「死亡数」を出している。

 ところが、各保健所からの報告の時期にばらつきがあるために、公表するグラフのデータにどうしてもずれが生じてしまう。これが、国立感染研HPの説明文から推測されるグラフのずれの説明だ。

 しかし、このような説明を勘案しても、どうしても拭うことのできない疑問が残る。まず第一に、二つのグラフを並べて誰しもが感じる素直な疑問点、すなわちあまりに折れ線グラフの形が違いすぎるということだ。

 実は、国立感染研は、図Aのグラフを公表した5月7日の前、4月28日にも同じ時期の超過死亡グラフを公表している。そして、この時のグラフは5月7日公表分と同一なのだ。

 この事実をまっすぐに解釈すれば、「3月29日までの死亡データは1か月後の4月28日までにはほぼ確定していた。そのために5月7日公表分は寸分の余地なく動かす必要がなかった」ということだろう。

 さらに深掘りすれば、4月28日公表分と5月7日公表分はまったく動かないのに、さらに日にちの経った5月24日分で大きく動いているということは、31ある東京都内の保健所のうちかなりの数の保健所が5月7日以降に相次いで死亡小票を送ってきたということ以外に原因は考えられない。

 しかし、こんなことが想定できるだろうか。23区や八王子市、町田市の保健所は言うまでもなく、小笠原村や青ヶ島村、御蔵島村などの島しょを抱える島しょ保健所にしてもパソコンはあり、国立感染研や厚生労働省とオンラインでつながっているはずだ。

 3月29日から2か月以上近く経って死亡数が大きく変動するという事態は考えられないし、誰しもが首を傾げるだろう。

グラフの異変に不信を深める人々

 私は超過死亡の問題について、5月20日の佐藤章ノート『「感染者数」より「超過死亡」に注目せよ!~東京は6週間で300人』で、5月7日発表の図Aをもとに、上昌広・医療ガバナンス研究所理事長の論考を紹介しながら問題提起した。

 その記事を紹介した私のツイートに対して、フォロワーの方から、国立感染研が5月24日に新たに公表した死亡超過のグラフ(図B)が、記事中に引用されたグラフ(図A)とまるで違うという指摘があったことは冒頭に述べたとおりである。

 一目瞭然のその違いに、フォロワーの方々や超過死亡に関心を持つツイッター利用者たちの間で様々な推測、意見が交わされたが、「改竄ではないか」という声も少なくなかった。そのいくつかを引用してみよう。

 「国立感染研のインフル肺炎死亡者のグラフが今は全く違うものになっています。データ修正で死亡者が減ることはないと思います。勘違いならいいのですが、改ざんも頭によぎってしまいます」

 「安倍政権は、これまでも自分たちに都合が悪い公文書を改ざん、破棄、捏造してきましたからね。どんなとんでもない改ざんをやっていたとしても驚きません」

 「超過死亡数として左のグラフを見てましたが、説明もなく右のグラフに置き換えられていたと……そんなことをするから、益々信用されなくなる。国立感染研?」

 「これは露骨なデータ操作ですね。こんなことをするとすぐにバレてかえって責められるのに……」

 「専門家ではありませんが、注目していたグラフです。感染研は、なぜ変わったのかを説明してほしい。隠蔽、改ざんをしてきた政府が出す様々な数字は、全く信用していません。グラフの違い! やはり疑ってしまう」

 ここに引用したコメントは一部のものだが、大方は安倍政権への不信を表明し、国立感染研に対し明確な説明を求めるものだった。

 私は、ツイッター上で疑惑を指摘する声が相次いだ翌日の5月25日、国立感染研に電話をして説明を求めた。当初は超過死亡統計の担当者から電話で説明を聞くつもりだったが、広報担当者からメールによる質問を求められた。

 その質問と回答をそのまま掲載しよう。質問を送ったのは午前10時44分。回答が返ってきたのは、そのほぼ6時間後の午後4時57分だった。

木で鼻を括ったような回答

 お問い合わせいただきました件につきまして、こちらからの回答が遅くなりまして誠に申し訳ございません。/下記のとおり該当部署より回答が参りましたので代理送信させていただきます。
1.5月24日に発表された東京都の超過死亡のグラフが、その前の5月7日発表分と大きく異なっていますが、この理由は何でしょうか。
回答:保健所からの入力があったためです。
2.3月28日で終わる第13週までのグラフは、4月28日発表分とその後の5月7日発表分とでは変わっていません。ということは、4月28日発表分の段階で死亡数は確定したのではないでしょうか。
回答:保健所から遅れて入力される場合もございます。
3.4月28日発表分、5月7日発表分、5月24日発表分(いずれも東京)の原数字を教えていただけますでしょうか。それを公表していないとすれば、それはなぜなのでしょうか。
回答:数字は公表しておりません。超過死亡が発生したかどうかの判断はグラフで十分かと存じます
4.  5月7日発表以降に報告のあった保健所数(東京)を教えていただけますでしょうか。
回答:大変恐れ入りますが、公表しておりません
5. 「超過死亡」のページの説明書きを見ますと、「死亡個票受理から約2週間で把握できる本システムを構築しました。」とあります。この「個票」というのは保健所が作成する「死亡小票」のことだと思いますが、各保健所はパソコンで毎日入力されていると思います。リアルタイムで把握されているのではないかと思われるのですが、なぜ「約2週間」という時間がかかるのでしょうか。
回答:民法上の死亡の届け出の期間です
6. 「2週間」かかるとしても、最終日の3月28日からは、4月28日で1か月、5月7日で1か月と9日が過ぎています。つまり、2の質問項目でも触れましたが、4月28日には完全確定しているはずだと思いますが、いかがでしょうか。
回答:実務的には遅れます
7.  イギリスの医学誌「ランセット」は5月2日に、コロナ対策に関連して、超過死亡のリアルタイムでの監視の必要を主張しています。今後、超過死亡のデータをそのように役立てるお考えはありますでしょうか。
回答:本事業の延長、継続については厚生労働省の事業であるためにこちらからは回答できません。
8. 前の質問と関連して、5月24日に新たに出された「Q&A」には、「本事業は毎年冬に流行するインフルエンザを想定して長年にわたって運用されているシステムです。本事業で新型コロナウイルス感染症による超過死亡への影響を評価することはできません。」とあります。新型コロナウイルス感染症による超過死亡への影響を評価することができないのは、なぜなのでしょうか。
回答:病原体の情報が本事業では収集されていないためです。
以上どうぞ宜しくお願い申し上げます。
国立感染症研究所Info担当事務受付窓口

 誰が見ても木で鼻を括ったような回答だが、これをメール送信するまで6時間かけている。

 なかでも3番目の「原数字を教えていただけますでしょうか」と、4番目の「5月7日発表以降に報告のあった保健所数(東京)を教えていただけますでしょうか」との質問は、グラフの大きな変動の正当性を確認するために不可欠なデータの開示を求める重要質問である。このデータがなければ、国立感染研が意図的にグラフを操作していたとしても外部からは検証しようがない。

 その質問に対し、「数字は公表しておりません。超過死亡が発生したかどうかの判断はグラフで十分かと存じます」「大変恐れ入りますが、公表しておりません」と一蹴する国立感染研の姿勢からは、国民に情報を開示してデータを分かち合うことで信頼を高めるという姿勢はまったく感じられない。

 感染研が情報開示しないのは世界でも突出しているんです。そもそも感染研のような研究機関は情報開示が仕事のはずですが、それがされていない。ここが日本の感染症対策の大問題なんです。

 今回の死亡超過グラフの不可解な変化や国立感染研の対応を見た上昌広・医療ガバナンス研究所理事長は、情報公開に極めて消極的な感染研の姿勢についてこう指摘している。

 感染症法によれば、感染研と保健所は連携が義務付けられている。それが世界的なパンデミックの時に、死亡のデータが行き来しないようでは一体何をやってるんだ、という話になります。
 イギリスでは死亡データは研究者たちに提供されていて、研究者たちはみな自分たちで超過死亡の統計を出しているんです。
 科学の「キホンのキ」は相互チェックなんです。チェックできなければ暴走してしまうんです。ところが、日本では情報独占で第三者のチェックがかからないいびつな構造になっている。
 この結果、感染研の発表は正しいのかどうか誰もわからないということになる。科学の世界は第三者が検証しなければわかりません。正しいかどうかわからないというのは科学ではないんです。

専門家会議の座長を務めるのは国立感染研の脇田所長

 安倍政権のコロナウイルス対策を検討する政府専門家会議の座長は脇田隆字・国立感染研所長だ。

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議を終えて記者会見する座長の脇田隆字・国立感染症研究所所長(手前右)=2020年4月1日、東京・霞が関の厚生労働省


 私のツイートにコメントを寄せた、超過死亡グラフに関心を持つツイッター利用者たちの多くは、この記事中でその一部を紹介したように、感染研に対してグラフの「改竄」を疑っている。

 この疑惑を晴らすためにも、脇田氏は感染研を代表してグラフの基になった原数字を公表し、私がメールで問い合わせたような質問に対して誠意をもってきちんと答えるべきではないか。

 この記事の筆者であるジャーナリストの佐藤章さん、記事に登場する医療ガバナンス研究所理事長の上昌広さん、東京都世田谷区長の保坂展人さんをオンラインでつないだ論座主催の公開イベント『「私はコロナから生還した」~感染したジャーナリストが語る検査の実態。医師は、行政はどうする?』を無料で公開しています。新型コロナウイルスに感染した佐藤さんの体験をもとに、医師である上さん、首長である保坂さんがコロナ対策の課題について語り合う内容です。ぜひご覧下さい。(論座編集部)