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自然の中にいるヒトとウイルス

ウイルスが我々に問いかけているもの(4) 資本主義の在り方

花田吉隆 元防衛大学校教授

産業化が生み出した温暖化

 温暖化は、そういう純粋無垢なバラ色の見方を否定する。そもそも、温暖化は産業化が生み出した。地中から鉱物を掘り出し、燃やしてエネルギーを得る。それを動力として道具を動かしモノを生産する。そういうモデルが行き着いた先が温暖化だ。化石燃料を燃やしすぎて地球が温まってしまった。そういうことはこれまで考える必要はなかった。人がいくら燃料を燃やしたところで、温度上昇はたかが知れている。出る排気ガスは空気中に吸い込まれ、しばらくすれば元の青空が広がる。人類の活動は自然の力に比べれば取るに足らないものだ。人は、自然の猛威に立ち向かわねばならない、これを克服しなければならない。近代化は、その営みのことだった。自然は大きな大人のごとくであって、我々小さな子供はこれに全力で向かっていっても自然はびくともしない。大人である自然は、子供である我々を受け止めてくれ、その努力に報いてくれる。近代化の過程でその考えが揺らぐことはなかった。

 1970年代、公害が社会問題になった。工場から排出される煤煙は、それまで青空のかなたに吸い込まれ消えていくものだったが、産業化が進むにつれ、それでは済まないことが分かってきた。煤煙が人々に健康被害をもたらす。川に流した水銀が、よもや病気の原因になるとは誰も考えなかった。人々の活動の結果が自然の処理能力を超え始めた。

 温暖化は、これが地球大に広がる中で生まれた。よもや人々の経済活動が、地球全体を温め、それが気温上昇を生み、海面を持ち上げ、氷河を溶かし、異常気象を巻き起こし、台風被害を甚大化するなど、誰が考えただろう。自然は我々の力が及ばない大人だった。今、人はその大人をぐらつかせるまでになった。人と自然との関係式が変わりつつある。これまでは「自然>人」だった。今、「自然≧人」に近づきつつある。

 そういう時、資本主義はどうあるべきか。

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筆者

花田吉隆

花田吉隆(はなだ・よしたか) 元防衛大学校教授

1953年生まれ。在スイス大使館公使、在フランクフルト総領事、在東ティモール特命全権大使、防衛大学校教授等を経て、現在、早稲田大学非常勤講師。著書に「東ティモールの成功と国造りの課題」(創成社)「スイスが問う明日の日本」(刀水書房)等。

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