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ナチス最大の遺構にあぜん 「第三帝国」プロパガンダの拠点を歩く

【3】ナショナリズム ドイツとは何か/ニュルンベルク② プロパガンダの跡

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

拡大ナチスが1930年代にニュルンベルク郊外の公園に造った党大会会場を示す写真。中央のドームが「議事堂」(実際は未完成)、右端にグレート・ストリート、湖を挟んで議事堂の向かいにツェペリン・フィールド=ナチス党大会記録センター。以下全て2月、ニュルンベルクで藤田撮影

 ドイツ・ニュルンベルク郊外にあるドッツェンタイヒ湖を抱く、2キロ四方はある広大な市民公園。そこに、近代国家としての自画像を模索するドイツのナショナリズムを徹底的に動員した、ナチスの最大の遺構がある。

 1930年代に独裁政権を握ったナチスが毎年党大会を開き、ヒトラーが10数万の群衆を前に演説をしたツェペリン・フィールド。そしてドイツ史上三番目の「第三帝国」の象徴として途中まで築かれた「議事堂」だ。

「神聖ローマ帝国を継承」演出

 2月10日午前、ドイツ全土を襲った前日からの嵐の影響で路面電車が止まり、私はタクシーで公園へ向かった。巨大な石造りの「議事堂」でワーナー・フィーデラーさん(61)と落ち合う。中世の「第一帝国」神聖ローマ帝国の時代から栄えたニュルンベルクで、その歴史をガイドするNPO「みんなの歴史」のメンバーであり、ナチスの遺構に詳しいベテランだ。

 「ニュルンベルクはヒトラーのプロパガンダ(宣伝動員)にとって完璧な都市だった」。青いカッパを着こなしたフィーデラーさんはファイルブックを開き、1937年のナチス党大会のポスターを示した。城郭都市ニュルンベルクの上に、ナチスのシンボルのカギ十字と、そこに止まる鷲が描かれている。

拡大1937年にニュルンベルクで開かれたナチス党大会のポスター=フィーデラーさんの資料より

 「ドイツでは鷲は権力の象徴なんだ。ヒトラーは過去の皇帝の後継者として見られようと、第一帝国の議会が開かれたニュルンベルクで党大会を開き、第三帝国と結びつけようとした」。示されたニュルンベルク周辺の航空写真は、党大会のためにナチスが様々な施設を造ろうとした11平方キロの敷地が矢印のような形を帯び、ニュルンベルク市街を指していた。

拡大ニュルンベルク周辺の航空写真。郊外にあるナチス党大会会場の矢印型の敷地が、左上の市街の部分を指している=ナチス党大会記録センター

 プロパガンダといえばメディアを悪用するイメージだった私は、巨大なテーマパークの空撮を見る思いで、いきなり啞然とした。「じゃあ行こう」と声をかけられ、「議事堂」の内側へ向かった。

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)

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