中国の全人代で目立った「人民ファースト」政策と米国の圧力が落とす影
2020年05月29日
5月22日、予定より2カ月遅れの全人代(全国人民代表会議)が北京で始まった。建国100周年の2049年に向けた大国建設の柱を見せた昨年とは大きく変わって、コロナを理由に中国が直面する危機と、それへの対応に腐心している点が滲み出ているのが大きな特徴だろう。本稿ではそれについて取り上げる。メディアが注目する香港への国家安全法導入については次稿に譲りたい。
今回、全人代冒頭における李克強首相の1時間余に及ぶ演説(政府工作報告)は従来にもまして人民を意識するものだったと言えるが、それ以上に目を引いたのは、 中国人民への配慮を鮮明にした習近平・国家主席の22日午後の発言だった。習主席は、コロナの発祥地とされる湖北省に最高の医師を中国全土から集めたのは「人民ファースト」だからと述べたのだ。
そもそも、中国の歴代皇帝や国家主席は、国家経営の大きなスローガンを語るのが常であり、こうした表現を使うことは異例である。もっといえば、全人代で経済担当の首相が冒頭の演説で話したことを、主席がその後の分科会の場で新しい明確な言葉を使って説明するのも、筆者の知る限り初めてだ。
習主席は24日にも、湖北省の代表団との会談の中で、彼らの努力とともに湖北省に集まった有志達を称えた。これには、致死率が高いと言われた高齢者である80歳代の3千人(回復者の最高齢は108歳)を回復させた医師団への称賛も含まれていた。彼はまた、この対応を「生活ファースト」とも語っている。
他の閣僚もコロナに関連する具体的な発表と議論を行った。「中国製造2025」の基本方針のひとつである「低賃金の労働力密集型経済をAIやロボットの導入で技術密集型/知識集約型経済に変換する」について、コロナによっていよいよ「待ったなし」の状況になったことも強調された。
習政権としては、3月31日の「論座」の拙稿「新型コロナは終息?「その後」に向けて動き始めた中国の実情」にも書いた通り、来年の中国共産党建党100周年にはCovid-19パンデミックからの完全回復を成し遂げたうえで、盛大なパレードを催したいところだ。一方で、武漢封鎖解除から1カ月半がたち、人民の側にも感染症・経済復興対策の実質的な果実を手にしたいといった言動が増えてもいる。
そうした人民への対応が、トランプ大統領のセリフを借りたような「人民ファースト」という表現だったのである。国家建設のために人民があるのではなく、人民があって初めて国家があるのだということを暗示することで、自分達がどこを見ているかを強調する意思があったのだ。
彼らの多くは農村部にいる。習近平主席も、今年の全人代の分科会で、52県(日本の郡に相当)の2707村が未だ貧困から脱出できていないと述べ、ここへの支援に注力することを断言した。
社会的弱者にとって、感染症への恐怖と経済への不安は深刻だ。彼らに対しては、感染対策や診療提供について理解し、法を遵守するようにと繰り返した。また、全人民に対する政府の義務として、マクロ面では六つの安定性(雇用、財政、貿易、海外投資、国内投資、将来像)と、ミクロ面では六つの保障(仕事、基礎生活、市場運営、食品とエネルギーの供給、安定した産業のサプライチェーンの提供、政府の通常活動の提供)を掲げ、これらを今後も徹底すると付け加えた。
なお、これもおそらく全人代で取り上げるのは初めてだと思うが、大学の今年の新卒850万人と、(大学よりやや格下の)専門学校の新卒150万人への雇用の提供にも取り組むと語った。習政権にとって、社会に出る前の学生は社会的弱者の範疇(はんちゅう)に入ると同時に、将来の支持者予備軍なのである。
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