検察への民主的コントロールをどう制度として実現するか
2020年05月31日
(1)5月27日に田中均氏が論座に寄稿した『検察庁法改正問題の本質を見よう』において、「検察権力の恣意的行使を防ぐ公平な枠組みが必要であり、その際、検察に対する民主的コントロールと政治権力からの独立性・中立性の担保という二つの側面は相矛盾する場合も多いので、その政治的解決のために必要なのは、政治家と官僚双方の矜持である」旨を指摘している。
これは正に現在の検察制度の抱える問題点を明確に描き出したものであり、全面的に同意しうる。さらに田中氏は、結論として、官邸による恣意的人事の疑念を払しょくするためには、より適切な人事評価と透明性をもった人事が必要と述べている。
(2)この点は、民主党政権が設立した「検察の在り方検討会議」が2011年3月に提出した報告書において提案されている「より適切な人事評価とこれに基づいた幹部人事」と同趣旨である。この問題は、東日本大震災後の復興問題への対応や総選挙後の政権の交代によって、具体的な検討が進まなかった。
しかるに政府は、本年になってから突然、余人をもって代えがたいとして、従来の法解釈を変更して黒川検事長の定年延長を閣議決定し、さらにそれを制度化するための検察庁法改正案を提出した。既に多くの人が指摘、批判したように、この法案は内閣による検察庁に対する民主的コントロールではなく、恣意的な関与を可能にする恐れが強く、全く不適切な法案と言わざるを得ない。
(3)検察に対する民主的コントロールと検察の独立性、中立性の担保という命題は、換言すれば、「検察の独立性、中立性を失うことなく、如何にしてこれを民主的にコントロールするか」ということである。そのためには、「明確な人事評価基準と透明性のある人事」は、必要条件であるが、その抽象さも相まって十分条件ではない。
やはり民主的コントロールのためには、制度的な担保が必要ではないか。
民主的コントロールの最も典型的な事例、即ち国民が要職者の適否について直接に意思を表明するケースは、憲法第79条2項に基づく最高裁判所裁判官(判事)の国民審査である。
この制度は、一見民主的と思われるが、実際の運用上は、大きな矛盾をはらむものである。具体的には、すべての最高裁判事は任命後最初に行われる衆議院総選挙の際に、国民審査を受ける必要があるが、特に法的知識のある国民を除き、一般国民は、審査の対象となっている判事が個々の事案に審判を下してきた判決の正当性について判断する能力を持ち合わせていない。
それにもかかわらず、総選挙の際に投票所に行くと、無理やり国民投票の投票券も渡されるので、表現は悪いが、棄権するか、いい加減な投票を強いられることになる。この制度は、罷免を是とする票が投票総数の過半数に達しない限り、罷免にならないので、棄権は罷免に反対と同様の効果になる。
この結果、過去24回の国民審査で罷免票の平均は約10%である。また、投票者の心理として、どの候補にも罷免欄に〇をつけないと無責任のような心理状態から、リストの一番始めの候補者にのみ罷免の〇を付ける傾向にあり、毎回の投票において、その候補者が最も多い罷免票を付けられている。
以上の通り、この制度は全く不合理であり形骸化しているが、憲法上の規定のため、実施しない選択はなく、毎回6億円という経費が実質上無意味に支出されていることになる。
従って、幹部検察官の任免に関して国民審査を行うことは不適当であり、またそのための憲法改正などは論外であろう。
2014年の国家公務員法改正により、各省庁の幹部職員の任用は内閣人事局に一元化されており、人事局において作成される幹部職員候補者名簿の中から選ばれることとなった(国家公務員法61条の二)。しかし、独立性、中立性が要求される、人事院、検察庁及び会計検査院の幹部職員については、この規定は適用されないこととされた(同法61条の八)。
今回政府が幹部検察官の定年延長の是非を個々の検察官ごとに判断できるように検察庁法の改正を試みたのは、もし幹部検察官の任命を他の公務員と同様に内閣人事局の一元化制度の下に置くように修正することは、独立性、中立性への真っ向からの挑戦とも受け取られるので、それは避け、63歳(検事総長は65歳)になった際の定年延長の時点で、縛りをかける方法(特例定年延長)をとったものと推測される。
これからも分かるように、検察への「民主的コントロール」強化のために、検察官の任用を人事局の一元化制度に組み込むことは、検察庁自体も、国民一般も支持することにはならない。
刑事訴訟法に基づき、事実上起訴権を独占する検察が起訴しない場合に、告訴人などは検察審査会に申し立てを行うことが出来る。
しかしながら、11名の審査員は抽選で選ばれた一般国民であり、これが検察側の主張する不起訴の理由を論破することは容易ではない。また申立人が「起訴相当」を勝ち取るためには、11名の委員のうち8名の賛成を得る必要があって、ハードルは高い。
また検察官適格審査会は、検察官に罷免や不適確に該当するような事実があった場合に開催されるものであり、通常の任用の場合とは関係がない。従って、この二つの審査会は、検察の民主的コントロールとは、いささか性格を異にする枠組である。
(1)現在のわが国の要職者の任命に必要な手続きのうち、特に中立性、独立性を求められる職について用いられているのが、国会同意人事制度である。
その対象は、39機関、約250名に及んでおり、その多くは常勤、非常勤を含み各種の審議会、委員会の委員長及び委員であるが、中には、多くの職員を擁する大組織の長及び委員も含まれる。
たとえば、会計検査院院長を含む検査官計3名、人事院総裁を含む人事官計3名、公正取引委員会委員長及び委員計5名、原子力規制委員会委員長及び委員計5名、日本銀行総裁及び副総裁などである。
このうち、前4者は特別職の公務員であり、かつ、任命には天皇陛下の認証が必要な認証官であるが、検事総長、次長検事、及び8名の高検検事長の幹部検事はともに特別職公務員であり、認証官である。
(2)こう見てくると、職種の特殊性が類似している検事総長などの幹部検事がなぜ国会同意人事の対象になっていないのであろうか。
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