語り以外の方法で沖縄戦のリアリティーを担保する方法が必要に
2020年05月31日
戦争体験者が少なくなった戦後75年である2020年。体験の語りに耳を傾けること以外の方法で、沖縄戦を知らない世代が戦争の記憶を引き継いでいくには、どうすればよいのか。
「戦後75年。沖縄戦を知らない若者に歴史をどう引き継ぐか(上)」では、沖縄での日常生活や勤務先の授業をまじえて沖縄戦の記憶をたどる散策をしてきた。「下」でもひきつづき、戦跡を巡りながら、戦後世代が沖縄戦を学ぶときに何が起こるのか、何ができるのかを考えてみたい。
2016年に米国で公開された映画『ハクソー・リッジ』は、前田高地の戦いと呼ばれる、沖縄戦中に浦添城一帯で展開された日米両軍の戦いに参加した、衛生兵デズモンド・ドスが主人公だ。「ハクソー・リッジ(のこぎり崖)」とは、前田高地の切り立った崖に対する米軍側の呼称。敬虔なクリスチャンであるメル・ギブソン監督は、軍隊生活や戦場にあっても信仰上の戒律を守り通す主人公を造形することで、ヒューマニティを描き出している。
主人公を演じるのは、『アメイジング・スパイダーマン』主演のアンドリュー・ガーフィールド。ひ弱な設定のドスは、自分より大きい米兵を肩に担いで全力疾走したり、ロープで険しい崖の下に降ろしたり、飛んできた手榴弾を素手で打ち返したりする。
そんなアメイジング衛生兵が活躍する映画の、最も熱心なファンが在沖海兵隊だ。海兵隊基地内の映画館は、『ハクソー・リッジ』を日本公開前から繰り返し上映。鑑賞した海兵隊員たちは、教官に連れられての研修だけではなく、プライベートでも映画の舞台を訪れる。
かつての戦場は現在、浦添城跡として整備されており、普天間飛行場と嘉数高台公園が見える「ハクソー・リッジ」頂上には、ベンチも設置されている。海兵隊員の巡礼の地となってから、戦いについての日英両文の説明書きも設置された。
実のところ、前田高地の戦いは、映画の日本公開まで地元でもそれほど有名ではなかった。だが、嘉数を突破した米軍は、前田高地を制しなければ日本軍の司令部がある首里を攻撃できないという点で、前田高地の戦いは沖縄戦全体の趨勢と関わっていた。
前田高地では、日本軍が「ハクソー・リッジ」の頂上で待ち伏せ、崖をよじのぼってきた米軍に機関銃で攻撃を浴びせる。米軍は進軍と同時に、日本軍陣地と思われる場所への砲撃や空爆を行ったが、日本軍は丘陵内に張りめぐらせた洞窟とトンネルにこもって耐えた。戦いは約10日間に及び、約3000人の日本兵が死亡した。
映画『ハクソー・リッジ』を観た学生が、実際に戦場の跡地に立ったときに感じたのは、恐怖だったという。映画は当然ながら、米軍側の視点で描かれている。しかし、崖を見下ろしながら左に牧港湾、正面に嘉数高台公園をくっきり見ることができる風景は、当時の日本軍がここから目にしたものを、学生に想像させたのだ。
海と空と地上から撃ち込まれる、何千発もの砲弾。崖を登ってきた米軍の機関銃掃射。身をひそめる洞窟への火炎放射……。
崖の上には、住民が避難していたディーグガマ(壕)もある。浦添住民は、沖縄島北部への疎開が許されず、前田高地の日本軍陣地の構築作業や、弾薬の運搬に動員された。前田高地が戦場となると、動員された住民が避難した壕にも、米軍は手榴弾や火炎放射器で攻撃を加えた。映画には描かれていないが、戦闘に巻き込まれた浦添住民4679人が殺されている。これは、当時の浦添村の人口の41.2%にあたる。
沖縄戦は、県民の4人に1人が亡くなった戦争だ。沖縄で育つ子供たちは義務教育の間、平和学習を通じてこの事実をしかと教えられる。しかし、なぜ沖縄出身の日本軍兵士・軍属2万8228人、現地徴用された戦闘参加者5万5246人、一般住民3万8754人、合わせて12万人超もの沖縄県民が亡くなるに至ったのか、若者にはピンとこない。
実は、沖縄県民の戦没者数を月別に見ると、全体の約4割にあたる4万6833人が1945年6月に亡くなっている。ついで多い5月でも2万4636人。6月の死者数は突出している。
他方、日本軍の戦没者数を月別に見ると、全体の7割弱にあたる6万4000人が、5月から始まる首里の第一・第二防衛線の戦いで死んでいる。沖縄県民と日本軍の死者数のピークに、ずれがあるのはなぜか。それは、首里一帯の戦いを通じて、沖縄戦で日本軍が勝てる見込みはないことを悟った、日本軍の司令官と参謀たちが、南部に後退して戦闘を長引かせる作戦をとったからだ。
5月22日から、首里を守ると見せかけて、
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