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「老人のための国」はなくても「老人のための心」はある~コロナと闘うパリで考えた

キム・ユンジョン 東亜日報パリ特派員

 『東亜日報特派員のコラムから』は、韓国の大手紙・東亜日報の海外特派員が韓国の読者に向けて執筆したコラムを日本語に翻訳して紹介する連載です。
 韓国はコロナウイルス対策で世界の評価を高めました。私たちの隣国では世界各地のニュースはどのように報じられているのか、韓国メディアの特派員はどのような記者たちなのか。日本メディアが報じる海外ニュースと比較して読むのも面白いかもしれません。
 第二回はパリ特派員のキム・ユンジョン記者。高齢者施設に広がる深刻なコロナ被害の現実に直面して考察したコラムです。(論座編集部)

東亜日報パリ特派員のキム・ユンジョン記者
 フランス・パリ市内のアパートの敷地内では、ここ何週間、一味違う風景が広がっていた。

 3月、新型コロナウイルス感染症(コロナ19)防疫のための移動制限令が下され、アパートの前後にある庭を散歩する老夫婦が大幅に増えた。感染への恐怖心から、アパート周辺だけをグルグル歩き回っているのである。

 最近、ここで70代のお年寄りと言葉を交わした。1万人の死亡者が発生した高齢者療養施設(EHPAD)の話になるとすぐに彼はため息をついた。

 「年を取った人々はコロナでより大変です……。(若い人達が)数年、数十年後の自分の姿だと思ってくれれば良いのですが」

Alexandre Caron/Shutterstock.com

 ヨーロッパは「高齢化社会のロールモデル」として紹介されることが多い。 高齢化社会を一足先に経験しているフランスも老齢年金など、各種政策が比較的充実している方だ。そんなヨーロッパで、コロナ19被害の最も大きい場所が高齢者療養施設だった。

 イタリア・ミラノ市内の高齢者療養施設では、最近1カ月に110人が死亡した。イギリスも死亡者の40%が高齢者療養施設で発生。スペインではお年寄りを放置する高齢者療養施設の職員が続出した。

 基礎疾患があったり免疫力の低い高齢者が集団で暮らしながら、劣悪な衛生状態に置かれると、ウイルスに対して脆弱にならざるを得ない。

 段階的封鎖緩和に乗り出したヨーロッパ主要国。今度は、高齢者施策に赤信号が灯った。

 ウルズラ・フォン・デア・ライエンEU欧州委員長は「お年寄りは今年の末まで隔離されることもある」とガイドラインを提示した。イギリス、フランス政府は封鎖解除後にも、高齢者は別途、隔離持続する対策を議論中だ。

 これに対して、反対の声も大きくなっており、賛否の議論が白熱している。

 パリ市内で会った70代の女性は「体が悪いので、周りの助けが必要な年寄りには、封鎖は大きな苦痛だ」と語り、「学校や職場が次々に正常化されると、引退した年寄にとっては、相対的に孤立感が増すだろう」と訴えた。

 最近、ドイツ・ベルリンにある相談センターでは、憂鬱な状態を相談してくる高齢者の電話が5倍に急増した。

 孤立の長期化は高齢者にとっては致命的だという研究結果もある。アメリカ、ブリガムヤング大学の研究によれば、孤独感の大きい人は、心臓疾患の確立が29%、脳卒中の確率が32%も増加したという。

 寂しさを感じれば免疫体系も弱くなる。コロナ19事態によりヨーロッパでも「年を取ること自体も悲しいのに」という嘆きが多くなった所以である。「老人のための国は無い」という映画の題まで、ソーシャルメディア上を賑わしている。

Tommy Larey/Shutterstock.com

 こんな中、最近、フランス・リヨンのある高齢者療養施設がヨーロッパ社会を感動させた。

 この施設では、106人のお年寄りが集団生活をしていながら、1人も感染せず健康を保った。医療装備などの施設が優れているなど、特別な対策があった訳でも無い。単に、12人の職員が力を合わせて施設を封鎖したまま、お年寄りのケアをしたというだけである。

 お年寄りに対する特別なコロナ対策より、高齢層に気配りをする「心」が、最も大切であるということを示してくれた事例だ。

 老年医学専門家マーク・E・ウィリアムズ米ノースキャロライナ大教授は「老いればお荷物のような厄介な存在になるという偏見は、生まれた瞬間に発生する、年を取る事に対する本能的恐れに基づく」と語る。もう少し「未来の自分の姿」に関心を持つことが出来ていたなら、高齢層のコロナ被害を大幅に減らすことが出来たのではなかろうか。

 「老人のための国」は無くとも老人のための「心」は誰でも育むことができる。(2020年5月7日 翻訳・藏重優姫)


《訳者の解説》

 韓国では、高齢者施設のことを「療養院(요양원:ヨヤンウォン)」と呼ぶことが多い。

 私が「療養院」に抱くイメージは、食事やレクレーションを中心に提供するデイケアセンターではなく、そこで暮らす形の老人ホームに似ている。

 日本でも病院に入院したら、その病院の服をもらって着ることがあると思うが、韓国の療養院では、利用者が「病院の服」を着ている所もある。だから、一見、病院のように見えることもある。

 高級療養院は日本のそれと同じくらい贅沢で豪華であるが、一般的な療養院の多くは、雑居ビルの中にあったりすることが多い。ビルのエレベーターに乗っていて、ドアが開くといきなり療養院!ということがあるので、そこはちょっとビックリする。

 韓国に移り住んで、「病院の服の人」に驚いたことは、結構ある。歯医者さんの待合室でいきなり「病院の服の人」。街を歩いている「病院の服の人」。道でたばこを吸っている「病院の服の人」。療養院でも入院中の人でも結構病院の服のまま外に出て来る。

 とにかく、韓国も高齢化が急速に進んでいる社会。外に出てビルを仰ぎ見て療養院を探すと、それほど時間がかからず療養院の看板を見つけることができる。日本でも若いアジア系外国人が高齢者施設の労働力となっているが、韓国は中国の朝鮮族出身も多い。日本でアジアの子はお年寄りに優しいとか、お年寄りを敬うとかという話をチラホラ耳にするが、韓国でも、朝鮮族出身の人がよく面倒を見てくれるらしいと評判だ。

 我々の中にお年寄りを思う「心」はあるのか。私にはあるのか。老人のための「心」を外注してはいないか。いろいろ考えさせられるコラムであったが、自分や世間がこのまま高齢者に対して無関心であるならば、そのツケはいずれ必ず自分に回って来る。

藏重優姫(くらしげ・うひ) 韓国舞踊講師、日本語講師。日本人の父と在日コリアン2世の間に生まれる。大阪教育大在学中、韓国舞踊に没頭し韓国留学を決意。政府招請奨学生としてソウル大で教育人類学を専攻し舞台活動を行う。現在はソウル近郊で多文化家庭の子どもらに韓国舞踊を教えている。「論座」で『日韓境界人のつぶやき』連載中。