なぜ、台湾よりも先に香港に言及したのか? 対米関係の影響も色濃く
2020年06月05日
北京の人民大会堂で行われた全人代(全国人民代表会議)の初日(5月22日)冒頭、李克強首相の政府工作報告は1時間余に及んだ。5月29日付の前稿「コロナと米国が悪化させる経済に中国はどう対応するか?」で触れたように、年間GDP目標を示さず、また計画経済からの卒業を発表したが、メインはコロナで苦難な状況を切り抜けようとする中国人民全体についてだった。コロナ後を見据えた一帯一路に基づく参加国との国際協調経済の建設という新機軸も、位置づけとしてはその次という印象だった。
そして、最後の国防に関する話の中で、時間にすればそれぞれ20秒程度、原稿ではそれぞれ100文字強ではあるが、香港・マカオの一国二制度の扱い、および台湾独立反対について触れた。ほんのわずかではあるが、それゆえに全人代としては絶対に触れなければならない問題であることを逆にうかがわせた。22日にはその後の分科会などでは李首相の発言に関連した様々な議論も行われたようだが、28日、全人代は国家安全法を可決して全日程を終えた。
世界のメディアは、全人代としては初めての年間GDP見通しを発表しなかったことよりも、香港に国家安全法を導入するという点に注目した。同じ22日、香港のビジネス団体が国家安全法の香港への適用を支持したものの、中国を除くすべてのメディアはこれに否定的な論調を発表した。米国政府も懸念を表明し、この問題をクローズアップさせたのである。
台湾ではなく、香港に強く反応した世界のメディアは正しかった。李首相も香港(マカオ)問題を先に話し、その後に台湾に触れることで、現時点での重要性は香港の方が高いことを示唆した(ここではメディアの話題になっていないマカオの議論を除く)。中国の伝統に則り、香港について台湾より文字数で7文字長く、時間は5秒ほど長く話したのだろう。もっといえば、台湾独立反対の意思表示は過去2回の全人代と表現までほぼ同じで、重要ではあるがそのレベルは変わっていないという解釈もできる。
では、なぜ世界が「民主化」というキーワードで注目度を高めている香港について、「一国二制度」の堅持を示しつつも、全人代として国家安全法の導入という火に油を注ぐような触れ方をしたのだろうか。
世界の反発を覚悟で習近平政権がこれに触れた理由は二つ考えられる。
ひとつは、2014年の「雨傘デモ」の大型版かつ長期化版として、五月雨式に抗議集会や暴力的なデモが起ることで、香港があたかも独立国のようになっていくのを阻止することだ。背景には、香港の動きを止めなければ、中国本土の他の都市にデモの勢いが波及しかねないという危機感があるのだろう。
香港では昨年、中国本土との逃亡犯条例改正案が出されたことを発端に、学生を中心にデモが拡大して7カ月に及んだ。世界の報道は明らかに「民主派」寄りだった。例えば、物理的に50万人も入れない場所で、100万人のデモがあったなど話を大きくした報道がなされた。正しい数字を報道したのは、(筆者の知る限り)ロサンゼルス・タイムズだけだった。
デモの参加者が身元を隠すため、「オクトパス」(JR東日本のスイカに相当)ではなく現金で地下鉄に乗ったという報道もあったが、実際は現金による切符販売機のほとんど使用停止になっており、予定通りにはデモの開催地には行けなかっただろう。その結果、多くの人がデモ参加したのは確かだが、最高200万人ともいわれたデモは起きていなかったはずだ。ただ、報道からは香港は革命前夜という印象さえ受けた。
当時、デモは毎週末におこなわれ、徐々に過激化、催涙弾などを使う警察との衝突も繰り返された。香港行政を担う立場からすると、こうした事態を未然に防ぐのは急務。香港は世界の重要な金融センターであり世界の観光地だからだ。
実際、大規模なデモ隊と警察の衝突があった日の夜は、観光地とはとても思えない異常な雰囲気で、そこからは「安全」が消えていた。
なお、この民主化よりのメディアを通した海外の目に支えられたのが、昨年11月の区議会議員選挙(地方選挙)だ。民主派が389議席を獲得し、建制派(親中派)の60議席を圧倒した。中国としては、“内政干渉”されたような気持ちのはずで、本年9月の立法会(国会にあたる)選挙への影響を排除したいはずだ。
もうひとつは、香港が経済交流の観点では実質的に中国の一部になりつつあるなか、香港を訪れる中国人に香港と中国とは同一だと示すことで、中国の人民に法令の公平感を理解させることである。
昨夏、中国政府が台湾への渡航を制限した際、中国人の旅行者が世界で最も増加したのは香港である。さらに、
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