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李克強首相の全人代演説から浮かぶ香港、台湾、中国の関係性

なぜ、台湾よりも先に香港に言及したのか? 対米関係の影響も色濃く

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

 北京の人民大会堂で行われた全人代(全国人民代表会議)の初日(5月22日)冒頭、李克強首相の政府工作報告は1時間余に及んだ。5月29日付の前稿「コロナと米国が悪化させる経済に中国はどう対応するか?」で触れたように、年間GDP目標を示さず、また計画経済からの卒業を発表したが、メインはコロナで苦難な状況を切り抜けようとする中国人民全体についてだった。コロナ後を見据えた一帯一路に基づく参加国との国際協調経済の建設という新機軸も、位置づけとしてはその次という印象だった。

 そして、最後の国防に関する話の中で、時間にすればそれぞれ20秒程度、原稿ではそれぞれ100文字強ではあるが、香港・マカオの一国二制度の扱い、および台湾独立反対について触れた。ほんのわずかではあるが、それゆえに全人代としては絶対に触れなければならない問題であることを逆にうかがわせた。22日にはその後の分科会などでは李首相の発言に関連した様々な議論も行われたようだが、28日、全人代は国家安全法を可決して全日程を終えた。

 世界のメディアは、全人代としては初めての年間GDP見通しを発表しなかったことよりも、香港に国家安全法を導入するという点に注目した。同じ22日、香港のビジネス団体が国家安全法の香港への適用を支持したものの、中国を除くすべてのメディアはこれに否定的な論調を発表した。米国政府も懸念を表明し、この問題をクローズアップさせたのである。

台湾より先に香港に言及した李克強首相

 台湾ではなく、香港に強く反応した世界のメディアは正しかった。李首相も香港(マカオ)問題を先に話し、その後に台湾に触れることで、現時点での重要性は香港の方が高いことを示唆した(ここではメディアの話題になっていないマカオの議論を除く)。中国の伝統に則り、香港について台湾より文字数で7文字長く、時間は5秒ほど長く話したのだろう。もっといえば、台湾独立反対の意思表示は過去2回の全人代と表現までほぼ同じで、重要ではあるがそのレベルは変わっていないという解釈もできる。

 では、なぜ世界が「民主化」というキーワードで注目度を高めている香港について、「一国二制度」の堅持を示しつつも、全人代として国家安全法の導入という火に油を注ぐような触れ方をしたのだろうか。

 世界の反発を覚悟で習近平政権がこれに触れた理由は二つ考えられる。

拡大国家安全法制への抗議デモの現場で警備にあたる警察の機動隊=2020年5月24日、香港、朱延雄撮影


筆者

酒井吉廣

酒井吉廣(さかい・よしひろ) 中部大学経営情報学部教授

1985年日本銀行入行。金融市場調節、大手行の海外拠点考査を担当の後、信用機構室調査役。2000年より米国野村証券シニア・エグゼクティブ・アドバイザー、日本政策投資銀行シニアエコノミスト。この間、2000年より米国AEI研究員、2002年よりCSIS非常勤研究員、2012年より青山学院大学院経済研究科講師、中国清華大学高級研究員。日米中の企業の顧問等も務める。ニューヨーク大学MBA、ボストン大学犯罪学修士。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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