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強制収容所システムの中枢へ ナチズム非人道の極致・ダッハウ

【7】ナショナリズム ドイツとは何か/ダッハウ① 強制収容所跡を歩く

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

拡大ドイツ・ダッハウの強制収容所跡の門がある建物。見学の生徒たちもいる=2月。藤田撮影(以下同じ)

 2月11日朝、ニュルンベルクからドイツ鉄道の特急に乗り、さらに南のミュンヘンへ。外国人旅行者用の乗り放題パスを手に一等車に入ると、大都市へ通うビジネスマンらで満席だ。でもゆったりとした座席で、コーヒーを飲んだり、タブレットを眺めたりしている。

拡大ドイツ鉄道のニュルンベルク中央駅。特急でミュンヘンに向かう

 目的地はミュンヘン近郊の街、ダッハウにある強制収容所跡だ。

 ナショナリズム、つまり国民がまとまろうとする気持ちや動きとは何かを探るため、ドイツを旅している。最初に訪れたニュルンベルクでは、かつてナチスが数十万人を集め党大会を催した遺構を訪ね、ナショナリズムの最悪の形としてのナチズムと、それを繰り返すまいと「記録」を継ぐ営みの一端を見た。

 そこからダッハウへ足を伸ばした狙いは同じだった。ニュルンベルクのナチス党大会記録センターに勤める、マルチナ・クリストマイヤー博士(46)の言葉が頭に残っていた。

拡大ドイツ・ニュルンベルクのナチス党大会記録センターで話すマルチナ・クリストマイヤー博士
 「ナチスは自分たちの活動に関する多くの資料を作りました。戦争が終わる頃に捨てられたものもありますが、ドイツへ侵攻し占領した連合国軍は、ナチスの犯罪を証拠づけるために文書や写真を確保した。それが各地で展示に生かされています」

 「ドイツの歴史はモザイクです。このセンターは加害者について、強制収容所跡は被害者について、ナチズムを『記録』し、協力して全体像を現在に示そうとしています」

 ナチスが第二次大戦の拡大とともに国内外に1500カ所以上も展開した強制収容所。その遺構で被害者について「記録」を刻む場には、もちろん被害者自身が残した記録もあるはずだ。

 その強制収容所のモデルとなったダッハウを、見過ごすことはできなかった。40を超す国々から20万人以上が連行され、少なくとも4万1500人が亡くなった実態が、いまどこまで精緻に、立体的に語られているのか。

 特急が1時間ほどでミュンヘン中央駅に着くと、雪が舞っていた。駅そばのホテルに早めに荷物を預け、ローカル線でダッハウ駅へ。さらに路線バスで住宅街を抜けていく。

拡大ドイツ・ダッハウ市街。駅からバスで強制収容所跡へ向かう

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)

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