神津里季生・山口二郎の往復書簡(4)しごとを尊重しあい尊厳ある生活ができる社会を
2020年06月05日
連合の神津里季生会長と法政大学の山口二郎教授の「往復書簡」。今回は、5月28日に公開した神津会長の「その場しのぎの緊急事態宣言解除~社会を掴む握力を失った政治」に対するの山口教授の返信です。
神津里季生様
お手紙、興味深く拝見しました。緊急事態宣言は解除されたものの、これは政治家の都合によるアナウンスメントであるとも思えます。実際、東京では感染者が再び増加し始めました。収束などという政治家の言葉に騙されないで、ウィルスと付き合っていくための作法を見につけるしかないのかと思っています。
ついでながら、政治家の使う言葉について、違和感を大事にする必要があります。安倍晋三首相はコロナ危機を収束させたのは「日本モデル」だと言いましたが、そんなものがどこにあるのでしょうか。
小池百合子東京都知事は感染者の再増加に対して「東京アラート」を発しました。なぜ感染警報ではなく、アラートなのでしょうか。日本語で警報を発すれば人々は再び自粛に戻り、ぬか喜びさせた政治家の責任を問うかもしれません。だからどの程度の深刻さかわからないカタカナ言葉をあえて使っていると私は思います。
本題に入りましょう。お手紙の中で、神津さんがあえて「しごと」と、ひらがなで表記していたことに私も共感しました。これは、英語で言えば「ワーク」でしょう。
この言葉には、報酬を得るための労働だけでなく、芸術家や学者の作品、使命の遂行など広い意味があります。漢字で仕事と書くと、賃金を得るための労働というイメージが強くなるので、あえてひらがなで表記されたものと想像します。
おっしゃる通り、しごととは、人間が夢を実現するために自分のエネルギー、意欲を注ぎ込む活動です。生きるための労働に持っている時間の大半を使わざるを得なかった時代と異なり、近代において人間は自分の存在理由となるようなしごとに取り組む自由を得ました。
規模はともかく、人はそれぞれのライフワークを追求できるはずです。自分の目標に向かって力を発揮することができないような社会は、生きるに値しないという合意が今の時代にはあると思います。
人間が自分の存在理由を見出すのは、それぞれの内なる理想や使命感に照らして達成感を味わうという軸と、社会の中の他者から認められ、感謝されることで満足感を持つという軸の二つに照らしてのことです。みんなが、特に若い人が、自分の目的に向かって力を発揮することができるような環境を取り戻すことは、我々の責任です。
合わせて、この機会に社会的分業の中で、自分の役割を淡々と担うことの価値を再認識したいと思います。
コロナ危機の数少ない予期せざる恩恵の一つに、様々な人間によるしごとが織りなす社会的ネットワークのおかげで私たちが生きていることを実感できたことがあります。世の中には、待遇とは関係なく、自分のしごとを使命だと思って遂行する人々がいて、我々が不自由なく生きていけることが今回、可視化されました。
コロナウィルスの感染爆発に際して、欧米のほとんどの国では厳しいロックダウンが実施されましたが、物資の輸送、販売、清掃、郵便、公共交通などのサービスは維持されました。これらの分野では人々がウィルスに感染するリスクを冒して、日常の業務を続けました。
医療従事者だけでない。これらの社会を支えるサービスの労働者も、キーワーカー(重要な労働者)、エッセンシャルワーカー(不可欠な労働者)と称賛され、感謝しようという運動が広がりました。日本では、小泉進次郎環境大臣が、清掃労働者に感謝するためにゴミ袋に感謝のメッセージを描こうと提唱しました。
感謝の気持ちを持つことについては、誰も異論がないでしょう。しかし、感謝と偽善は紙一重です。4月1日、BBCニュースで「最低賃金の英雄たち(minimum wage heroes)」という報道がありました。配達、郵便、介護、病院の清掃などの現場で人々は週94ポンド(約13000円)の最低賃金で必死に働いて、国民の生活を支えているという短いニュースでした。これらの人々は自分や家族を養うために働かなければならないだけでなく、社会が自分の仕事を必要としているから危険を顧みず働くと言います。
実は、過去30年の規制緩和の流れの中で、体を使った定型的な仕事は熟練を必要としないということで、非正規や請負という不安定で劣悪な条件に追いやられてきました。イギリスの映画監督、ケン・ローチの近作「家族を想う時」は請負という形で宅配の仕事をして、心身を壊す主人公の話ですが、全く救いのない結末で、暗澹(あんたん)たる思いがしました。しかし、それが現実です。
キーワーカーとかエッセンシャルワーカーとか言うなら、それにふさわしい待遇を確保すべきです
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