コロナ第2波に備え必要なのは「日本モデル」の解体だ!
2020年06月07日
未曽有のパンデミック状況を呈するコロナウイルスがこの秋から冬にも大きい第2波となって襲い来る予測が広まる中、対策を立てるべきはずの安倍内閣からは危機感がまったく伝わってこない。
この原稿を書いている6月6日の首相動静は以下の通りだった。
午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。午前中は来客なく、私邸で過ごす。午後4時9分、私邸発。午後4時20分、官邸着。同30分から同50分まで、加藤勝信厚生労働相、菅義偉官房長官、西村康稔経済再生担当相、西村明宏、岡田直樹、杉田和博各官房副長官、北村滋国家安全保障局長、和泉洋人、長谷川栄一、今井尚哉各首相補佐官、樽見英樹新型コロナウイルス感染症対策推進室長、森健良外務審議官、鈴木康裕厚労省医務技監。午後5時10分、官邸発。午後5時27分、私邸着。(時事通信より)
土曜日だから夕方に職場に着くこともあるが、午後4時30分から始まった会議の顔ぶれから推して、政府のコロナ対策会議であることは間違いないだろう。だが、職責上これだけのメンバーを集めておいてわずか20分しか情報を交換しなかったということは、どう考えればいいのだろうか。
まず、現在の仕事環境の常識を考えれば、わずか20分の会議はオンラインで済ませるべきものだ。
しかし、20分という時間をよく考えてみれば、本当はメール連絡だけで済む話かもしれない。司会役が発言し、数人の事務連絡、報告があって終わりだ。対策などについて議論し合うことなどはこの短い時間では不可能だ。
「日本ならではのやり方で、わずか1か月半で、今回の流行をほぼ収束させることができました。正に、日本モデルの力を示したと思います」
安倍首相は5月25日、緊急事態宣言解除の記者会見の冒頭、こう発言した。
「今回の流行をほぼ収束させること」など本当にできたのか。安倍首相のこの発言に関しては様々な疑念が湧いてくるが、最も驚くべき発言は「日本モデルの力を示した」という言葉だろう。
時事通信の6月6日の世論調査では、コロナウイルスに対する安倍政権の対応について60%の人が「評価しない」と答えている。この世論調査通り、安倍政権はコロナウイルス対策については何一つ有効な対策を打ち出せなかったと言っていいだろう。
もちろん、緊急事態宣言を対策と呼ぶ人はいないだろう。あらゆるレベルの経済を痛めつける緊急事態宣言は対策と呼べるようなものではなく、感染の波及を食い止める最後に残された緊急手段に過ぎない。
何一つ有効な対策が打てなかった安倍首相が発言した「日本モデルの力」とは一体、どういうものなのだろうか。
コロナウイルスに対して安倍政権が最初に打った「日本モデル」の対策を振り返ってみよう。
1月28日に厚労省はCOVID-19を感染症法に基づく指定感染症に政令指定。この指定のために、感染者はたとえ無症状であっても強制入院させられることになった。
厚労省はこの時、COVID-19の無症状感染者の存在を想定していなかった。無症状者や軽症者は病院以外の企業療養所などで静養隔離するという韓国が取った賢明な政策への道は、これによって閉ざされてしまった。
無症状者でも入院しなければならないために早くから病院体制の崩壊が心配され、PCR検査の大幅抑制につながった。
ところが、厚労省がCOVID-19を指定感染症に指定する4日前の1月24日、世界の医学界で注目されているイギリスの「ランセット」誌は、無症状の感染者の存在を報告する香港大学の研究者たちの論考を掲載していた。
指定感染症担当の結核感染症課の担当者たちがこの論考をいち早く読んで対応を考えていれば、COVID-19の無症状者の存在を重視し、指定感染症には指定しなかっただろう。厚労省担当課の勉強不足と不作為が生んだひとつの国家的悲劇だ。
そして、この感染症法に基づく指定感染症に政令指定したために、基本的な「日本モデルの力」が働くことになった。国立感染症研究所と保健所、地方衛生研究所が束になった「日本モデルの力」である。
コロナウイルス第2波の襲来を前に私が訴えたいのは、この「日本モデルの力」の解体である。
恐ろしいことだが、安倍首相は本当に心から「日本モデルの力を示した」と思っているのかもしれない。しかし、これは大変な思い違いである。
コロナウイルスの襲来の前に、国立感染研と保健所、地方衛生研究所の体制はほとんど歯が立たなかったのである。このままの体制で第2波の襲来を迎えれば惨憺たる結果を招くだろう。
それを示すにあたって、まず5月27日の佐藤章ノート『「超過死亡グラフ改竄」疑惑に、国立感染研は誠実に答えよ!』で指摘した国立感染研公表の「超過死亡」グラフ問題の再取材結果を報告しよう。
この問題は、有効なコロナウイルス対策を進める上で国際的に注目されている「超過死亡」統計のグラフが大きく変化していた疑惑で、公表している国立感染研と並んで統計を担当している厚生労働省の健康局結核感染症課が取材に応じた。まさに指定感染症を担当する課だ。
この問題を簡単に復習しておくと、国立感染研のHPに5月7日に公表されていた「超過死亡」のグラフが、緊急事態宣言が解除された日の前日の5月24日、まったく違う形のグラフに変わっていたという問題だ。
この変化によって、5月7日公表グラフでは2月中旬から3月終わりにかけて大きい「超過死亡」が見られたのに、5月24日公表グラフではその「超過死亡」分がそっくり消えていた。
あまりに大きく変動していたために、「超過死亡」記事を紹介した私のツイートに対して、私のフォロワーの方々から「改竄されたのではないか」との声が多く寄せられたが、統計数値を直接取りまとめている国立感染研は、私の問い合わせに素っ気ない回答しか与えなかった。
この国立感染研に代わって直接取材に答えたのは、感染研とともに「超過死亡」統計を担当する厚労省結核感染症課に所属する梅田浩史・感染症情報管理室長と、同室の井上大地・情報管理係長。6月2日、取材に応じた。
取材の結論をまず示しておくと、梅田、井上両氏は「超過死亡」統計グラフの作り方を懇切丁寧に説明したが、最終的に誤解を解くデータについては最後まで明らかにしなかった。
梅田、井上両氏の説明を噛み砕いてシンプルに示しておこう。
二つのグラフの間で大きく変化していたのは2月17日から3月29日にかけての死亡数。厚労省は東京都23特別区の保健所に対して、死亡小票を作った時点から2週間以内に死亡者や死因などを報告するように通知しているが、今年の場合、コロナウイルスへの対応に忙しく、「週によっては三つか二つの保健所からしか報告が来ない時もあった」(梅田感染症情報管理室長)という。
23特別区からの報告がそろわない時には、仕方なく「報告保健所数の割合の逆数を乗じて」(国立感染研HP)いる。
つまり、例えば23区のうちひとつの保健所からしか報告がなく、その報告が死亡者数5人であれば、「報告保健所数の割合」23分の1の「逆数」である1分の23に5人を乗じて、死亡数を115人と推定する、という計算法だ。
これが厚労省の通知通り2週間以内に報告が出そろえば大した問題は生じないが、今回のように、1か月以上過ぎても報告がほとんど来ない事態ともなれば大変な問題となる。グラフのあまりの大きな違いに「改竄ではないか」という疑念まで生んでしまう。
グラフが大きく変化していた論理はわかった。では、この厚労省結核感染症課の説明は正しいのだろうか。
理由を述べたこの論理については、私はもちろん説明を受ける以前から知っていたが、その根拠となる数字については最後まで「公表していない」という返事しか聞けなかった。
何月何日にどの保健所が何人の死亡者数を報告という数字をすべて明らかにすれば、先ほど紹介した計算をしてすぐに結果が出るのだが、なぜか明らかにされなかった。
「新型コロナに対する超過死亡の数字が重要だということは我々も理解しています」
こう語った梅田感染症情報管理室長は、COVID-19対策が注目されている現在、第2波の襲来が予想されている今年秋までにCOVID-19対策専用の「超過死亡」統計を作ることを私に明言した。
しかし、1か月以上経っても、東京都23特別区内にある保健所から死亡者数の報告さえ上がってこない現状で、そのようなCOVID-19対策専用の「超過死亡」統計など作って運用できるのだろうか。
井上情報管理係長によれば、保健所は、報告書の死因欄に「肝臓癌」や「肺炎」などと手書きで書き、OCR(光学的文字認識)機械にかけるという。
だが、OCRにかけようとパソコンに直接入力しようと、まず「2週間以内」という時間は遅すぎる。「ランセット」はCOVID-19対策のためにリアルタイムでの「超過死亡」数値の活用を訴えている。
「ランセット」は、PCR検査による新規感染者数がCOVID-19の感染の勢いを正確に映していない恐れがあるために、単純な「超過死亡」数をリアルタイムで活用することを求めているのだ。
PCR検査数が極端に少ない日本にこそ求められるリアルタイム統計だが、「2週間以内」ではあまりに遅すぎるし、コロナ対応に忙殺されていたとはいえ、1か月経っても死亡者数さえ報告されない現行の保健所体制ではまったく意味をなさない。
未知のウイルス襲来に忙殺奮闘された保健所職員の方々の努力を軽視しているわけではない。COVID-19のようなパンデミック・ウイルスを迎え撃つ体制としては、保健所には限界があると言っているのだ。
体制としての保健所の限界は、「超過死亡」統計の問題だけではない。基本的なPCR検査体制については、さらに明確に指摘できる。
私自身、発熱してからPCR検査を受けるまでに10日間を要し、指定された保健所に電話しても何日間も繋がらなかった(佐藤章ノート『私はこうしてコロナの抗体を獲得した《前編》保健所は私に言った。「いくら言っても無駄ですよ」』参照)。私のような事例は特別なものではなく、社会的には「検査難民」という言葉まで生まれた。これは文字通り保健所のキャパを超えていることを表している。
しかし、例えば、ここで発想を変えて、保健所の仲介をまったくなくしてみたらどうだろう。何か困るようなことはあるだろうか。毎年のインフルエンザの検査は保健所などは通さない。かかりつけの開業医から民間検査会社にまっすぐ検査依頼が行くだけだ。
だが、そうなるとPCR検査依頼が殺到して医療崩壊を招きかねないという心配の声が出てくる。その問題の対策には二つの方法が考えられる。
まず、COVID-19を感染症法に基づく指定感染症から外して、無症状者や軽症者は医療機関以外の施設に大量に入所できるようにする。
次に、韓国が全国69の既存病院をコロナ専用病院に転換させたように、COVIDー19を迎え撃つ医療体制の再構築を進めることだ。
このような政策転換は努力すれば可能だが、実は問題は簡単ではない。保健所体制の問題には、厚労省や国立感染研などを含む医系技官の人事問題、つまり天下りの問題が絡んでいるからだ。
この問題に関しては、医系技官問題を細大漏らさず知り尽くす上昌広・医療ガバナンス研究所理事長が懇切丁寧に解説してくれた。その説明に耳を傾けよう。
戦前にできた保健所は元来、徴兵制度のサポートシステムだった。強兵養成のために栄養失調などを事前にチェックする役目を負い、戦後はGHQの下で、性病検査やチフス、コレラ、結核対策に活用された。
GHQは保健所長に医師を充てる政策を採り、食中毒取り締まりなどの「衛生警察」の役割も担わせた。このため、保健所は戦後に特殊な権限を持つ役所に生まれ変わり、同時に厚労省の前身である厚生省もGHQの指揮下で、高等文官試験(現在の国家公務員試験)を通らなくても同省の官僚となれる医系技官制度を採用する。
この医系技官官僚が独特の人脈を形成し、厚労省と国立感染研、そして保健所や地方衛生研究所との間で独自の人事交流、つまり天下りのネットワークを形作っていく。
ところが、保健所そのものは中曽根康弘政権時代以来、行財政改革の主要な標的とされ、その存廃問題が常に医系技官たちのトラウマとなってきた。
1990年代のエイズウイルスやO157、あるいは2000年代に入ってからのSARSや新型インフルエンザなどはそのような心配から医系技官たちを解放してくれた。
しかし、COVIDー19の場合はPCR検査のキャパがあまりに大きく、放っておくと保健所体制をはるかに超えるPCR検査の流れができてしまう。そうなると、保健所不要論の声がまた大きくなり、再び悪夢の行財政改革の標的とされてしまう。保健所がPCR検査仲介の権限をしぶとく手放さない深い理由はそこにある。
中国は5月14日から6月1日の19日間で、武漢市民の「全員検査」を実施し、約990万人にPCR検査を受けさせた。1日あたり約52万人の計算だ。これにはかなり劣るがニューヨーク市は1日あたり4万件のPCR検査が可能になった。
翻って日本の場合は、全国で1日あたり2万2000件のPCR検査が可能になったと厚労省が5月15日に発表している。
この差は、アイロニカルに表現すれば、まさに安倍首相の言う「日本モデル」から来ている。つまり、日本独特の保健所体制に絡む医系技官の人事問題に由来しているのだ。
PCR検査自体は難しい検査ではない。民間検査会社や大学の研究室ではまだまだキャパが余っている。人の手を介さない全自動機械も日本のメーカーが開発製造している。しかし、保健所が検査仲介の権能を手放して検査会社に検査の自由を認めない限り、検査会社も全自動機械などは導入しない。
安倍首相は現在のところ、PCR検査拡充を阻むこのような問題に取り組む姿勢を微塵も見せていない。医療体制の再構築なども念頭にはないようだ。このままでは第1波と何ら変わらない体制のまま大きい第2波を迎えることになるだろう。
安倍首相は本来、中曽根元首相や小泉純一郎元首相の流れを汲み、積極的な行財政改革に取り組むのではないかと見られていた。トラウマを抱える医系技官人脈にとっては警戒すべき政権だった。
ところが、当の安倍首相にはそのような問題意識はまるでないことがまもなく明らかになり、天下りを夢見る医系技官にとっては夢を紡ぐ安全安心の政権と転じることになった。
COVIDー19第2波の危機的な状況を前にしても、そのような問題に気が付いている節は安倍首相にはまるで見えない。
「第2波の危機を前に、基本的なPCR検査の拡充などはまったく絶望的ですね」
私の問いかけに上昌広・医療ガバナンス研究所理事長は深く頷いた。
この記事の筆者であるジャーナリストの佐藤章さん、記事に登場する医療ガバナンス研究所理事長の上昌広さん、東京都世田谷区長の保坂展人さんをオンラインでつないだ論座主催の公開イベント『「私はコロナから生還した」~感染したジャーナリストが語る検査の実態。医師は、行政はどうする?』を無料で公開しています。新型コロナウイルスに感染した佐藤さんの体験をもとに、医師である上さん、首長である保坂さんがコロナ対策の課題について語り合う内容です。ぜひご覧下さい。(論座編集部)
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