メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

トランプがいなくなってもアメリカ・ファーストはなくならない

エピローグ そして11月を迎える

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

「法と秩序の大統領」

 「法と秩序」という言葉は、1968年の大統領選で共和党候補だったリチャード・ニクソン氏が使ったことで有名だ。

 当時はベトナム戦争が激化し、米国人の死者数増に伴って反戦運動が先鋭化。そこに、公民権運動の指導者だったマーチン・ルーサー・キング牧師が暗殺され、全米各地で大規模なデモや暴動が発生。ニクソン氏は「法と秩序の回復」を掲げ、当選を果たした。

 米国で起きている抗議デモの規模は、キング牧師の暗殺以来とされる。疫病と戦争という違いはあるものの、新型コロナウイルスで米国内の死者数は11万人を超え、社会不安が広がっている点でも当時と重なる。トランプ大統領が「法と秩序」という言葉を多用するのは、1968年のニクソンの勝利の再現を狙っているという見方が強い。

 ただし、「法と秩序」という言葉を歴史的な観点から考えたとき、単純に額面通りの意味として受け取ることはできない。

拡大ホワイトハウス周辺を警備する警官隊と抗議運動をする人たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月3日

 米政治史に詳しいオマール・ワーソウ米プリンストン大助教授は「『法と秩序』は黒人を規制するという意味を含んだ隠語でもある」と指摘する(オマール・ワーソウ氏へのインタビュー取材。2020年6月1日)。

 ワーソウ氏によれば、「法と秩序」はもともと20世紀初頭、南部で「黒人の人々を秩序に従わせる」という意味で使われ始めたという。1960年代に入ると、全米各地で使われるようになり、1964年大統領選でも、共和党を保守主義者の政党へと転換させたことで知られる同党候補のバリー・ゴールドウォーター上院議員が「法と秩序」キャンペーンを展開したという。

 ワーソウ氏が1960年代の選挙結果とデモの関係を分析したところ、デモ運動が激化すればするほど、白人の民主党支持者が保守化し、「法と秩序」を強調する共和党へと乗り換える傾向があったという。ワーソウ氏は「トランプ氏はニクソン氏らのシナリオに沿って、『私こそが秩序を取り戻す』と主張している」と語る。

 米国大統領は国家的な危機が起きた場合、米国民に向けて団結を説くのが伝統だ。しかし、トランプ氏は違う。

拡大パリ協定からの離脱を発表し、記者団に手を振るトランプ大統領=ワシントン、ランハム裕子撮影、2017年6月1日

 バージニア大政治センターの政治分析専門家カイル・コンディック氏は「米国社会において警察のあり方は常に『文化戦争』のテーマのひとつだが、トランプ氏は警察側と黒人側の間で迷うことなく、明らかに警察側の方を選んだ」と語る(カイル・コンディック氏へのインタビュー取材。2020年6月4日)。

 トランプ氏はホワイトハウス前の抗議デモを強制排除して1週間後の6月8日、地方警察の幹部らを招き、こう強調した。

 「警察は、我々を平和に生活させてくれる。たまには悪いこともあるが、99%は素晴らしい人々だ(The White House. “Remarks by President Trump and Vice President Pence in a Roundtable with Law Enforcement.” 8 June 2020.)」


筆者

園田耕司

園田耕司(そのだ・こうじ) 朝日新聞ワシントン特派員

1976年、宮崎県生まれ。2000年、早稲田大学第一文学部卒、朝日新聞入社。福井、長野総局、西部本社報道センターを経て、2007年、政治部。総理番、平河ク・大島理森国対委員長番、与党ク・輿石東参院会長番、防衛省、外務省を担当。2015年、ハーバード大学日米関係プログラム客員研究員。2016年、政治部国会キャップとして日本の新聞メディアとして初めて「ファクトチェック」を導入。2018年、アメリカ総局。共著に「安倍政権の裏の顔『攻防 集団的自衛権』ドキュメント」(講談社)、「この国を揺るがす男 安倍晋三とは何者か」(筑摩書房)。メールアドレスはsonoda-k1@asahi.com

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

園田耕司の記事

もっと見る