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トランプがいなくなってもアメリカ・ファーストはなくならない

エピローグ そして11月を迎える

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

「黒人に対する組織的なテロ」

 全米各地の抗議デモのきっかけとなった事件が米中西部ミネソタ州ミネアポリスで起きたのは、5月25日のことだ。白人警察官が手錠をかけて路上に抑え込んだジョージ・フロイド氏(46)の首を片膝で8分46秒にわたって抑え込んで圧迫し、死亡させたのだ。

 現場に居合わせた女性が撮影した動画では、苦しそうな表情を浮かべたフロイド氏がかすれ声で、「息ができない。プリーズ、プリーズ……」とひざをどけるように懇願していた。だが、警官は一切無視し、フロイド氏がぐったりして意識を失っても、力を緩めることなく首を圧迫し続けていた。

 衝撃的な動画はテレビで繰り返し流れ、黒人の人々の怒りは爆発した。

 米国では黒人が白人警官らに殺害される事件はずっと以前から頻発しており、2月には南部ジョージア州でジョギング中の黒人男性が白人親子に強盗犯だと間違われて射殺される事件が起きたばかりだった。

 フロイド氏への事件をきっかけに、ミネアポリスのみならず、全国各地で抗議デモが起きた。人々の密集する抗議デモへの参加は新型コロナへの感染のリスクを伴う。しかし、そのリスクを冒してでも、人々はこの状況にもはや黙っていることができなくなったのだ。

拡大ホワイトハウスの周辺で「黒人の命も大切だ」などと書かれたプラカードを掲げ、抗議デモする人たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月6日

 ホワイトハウス前の抗議デモで声を張り上げていた黒人女性医師アイシャ・コルベット氏(50)もその一人だ。娘と一緒に参加した(アイシャ・コルベット氏への取材。2020年5月30日)。

 コルベット氏はワシントン市内で最も黒人の貧困層の多い地域「第8地区」で患者を診ているが、新型コロナの感染者は黒人が突出して多いという「不均衡な蔓延ぶり」(コルベット氏)を目撃していた。新型コロナは労働・経済・医療などあらゆる面で白人と黒人の人種格差という問題を浮き彫りにしたのだ。

 そんなさなかにミネアポリス事件が起きた。

 コルベット氏は「これは残酷な事件という問題を超え、黒人に対して『正義』が行われないという米国の司法システムの問題だ。警察は国民を守るのが仕事なのに、ほとんどの黒人は警察を怖がっている」と語る。

 コルベット氏は自分の娘にもミネアポリス事件と同じことが起きかねないと恐れている。白人の若者であれば見とがめられないささいな出来事でも、黒人であれば警察官が到着したときに問答無用で銃で撃たれるかもしれないという現実があるからだ。

拡大フェイスガードとマスクを装着し、ホワイトハウス周辺で抗議デモに参加するアイシャ・コルベットさん=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年5月31日

 「(アフリカから黒人奴隷が連れてこられた)約400年もの間、この国で続いてきた黒人に対する組織的なテロを、大人の私たちは自分の子供たちにどう説明すれば良いのだろう?」

 コルベット氏はこう訴える。

 「私たちには米国の司法システムの徹底的な改革が必要だ。同時に、私たちは黒人の人々に対する組織的な人種差別の問題について真摯に語っていかなければいけない。その会話から、我々は法律、文化、そして警察を変える必要がある」

 抗議デモに参加した人々は、フロイド氏の暴行死事件を「一部の悪い警官」が引き起こした事件という個人の責任に帰結させるというとらえ方をしていない。警察組織には長年にわたって黒人に対する暴力を容認する組織的な人種差別が根強く残っており、これを根絶する必要がある、と訴えているのだ。

 今回の全米デモの特徴は、黒人だけが集まった抗議デモではないということだ。

 ホワイトハウス前の抗議デモを取材すると、参加者の7割程度を白人が占めており、人種を越えた幅広い連帯が進んでいる。ロイター通信が6月2日公表した世論調査では、回答者の64%が抗議デモに参加する人々に対して「同情的だ」と答え、「同情的ではない」は27%だった(Smith, Grant, Ax, Joseph and Kahn, Chris “Exclusive: Most Americans sympathize with protests, disapprove of Trump's response - Reuters/Ipsos.” 2 June 2020.)。

 全米各地の抗議デモは、最初の数日間は一部が暴徒化したが、その後は平和的な集会へと変わった。

 ホワイトハウス前では、近くでレストランを経営する白人男性グレッグ・ローズブーム氏(42)が6~16歳の子ども5人を連れて抗議デモに参加していた(グレッグ・ローズブーム氏へのインタビュー取材。2020年6月4日)。ローズブーム氏のレストランも当初、抗議デモの一部が暴徒化したことで、窓ガラスが割られる被害が出たという。しかし、「暴徒はデモ隊の中のほんの一部の人たちに過ぎない。彼らは平和的なデモをしたいという人たちを代表しているわけではない。今日は『建物よりも人の命の方が大事だ』と子どもたちに教えたくて連れてきた」と語った。


筆者

園田耕司

園田耕司(そのだ・こうじ) 朝日新聞ワシントン特派員

1976年、宮崎県生まれ。2000年、早稲田大学第一文学部卒、朝日新聞入社。福井、長野総局、西部本社報道センターを経て、2007年、政治部。総理番、平河ク・大島理森国対委員長番、与党ク・輿石東参院会長番、防衛省、外務省を担当。2015年、ハーバード大学日米関係プログラム客員研究員。2016年、政治部国会キャップとして日本の新聞メディアとして初めて「ファクトチェック」を導入。2018年、アメリカ総局。共著に「安倍政権の裏の顔『攻防 集団的自衛権』ドキュメント」(講談社)、「この国を揺るがす男 安倍晋三とは何者か」(筑摩書房)。メールアドレスはsonoda-k1@asahi.com

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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