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中国のデジタル通貨実験:金融覇権への重大な一歩か

特許をもつ仕組みを外国に輸出し、金融制度への中国の影響力強化狙う

塩原俊彦 高知大学准教授

 中国共産党系の英字紙、チャイナデイリーは2020年4月21日付電子版で、中国人民銀行(中央銀行)幹部が深圳、蘇州、成都、河北省雄安新区において、紙幣や硬貨の流通に代えてデジタル通貨(数字货币)を流通させる実験が開始されたことを明らかにしたと報じた。

 The Economistも4月25日号で、中国の4大銀行(中国銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、中国工商銀行)が4月にテストをはじめたと伝えた。蘇州市は交通費にあてるよう、同市職員に5月から一部デジタル通貨支払いを開始するという。4月28日付のチャイナデイリーによれば、蘇州市相城区の地方公務員の給与が4大銀行の口座を通じて支払われ、自分の携帯電話上のデジタルウォレットにインストールするように求められているのだという。

 ここでは、拙稿「金融支配をめざす中国の正念場」を前提に、いま中国がどんな企てを画策しているのかについて論じてみたい。

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「デジタル通貨電子決済(DCEP)」とは何か

 中国銀行(中銀)傘下のデジタル通貨研究所の穆長春所長によると、このデジタル通貨は「デジタル通貨電子決済」(Digital Currency Electronic Payment, DCEP)と呼ばれ、「デジタル通貨と電子決済のツールである」という(魏向虹「中国のデジタル人民元(DCEP)はブロックチェーンを採用するか」『東論西遊』)。

 このDCEPは、商業銀行が準備預金を中銀に預けた額に見合って中銀が発行するという第一層と、DCEPを引き受けた商業銀行が市場に流通させる第二層からなる運営体制を前提としている。その実体は暗号化された数字にすぎない。取引履歴の台帳を意味する、いわゆる「ブロックチェーン」(區塊鏈)は第一層では利用されず、第二層のうち、「クロスボーダー決済」についてだけ利用される公算が大きい(前掲の魏論文)。

 DCEPは人民元と同じ価値をもつ法定貨幣であり、その受け取りを拒否できない。DCEPは通貨の分類上、「M0」にあたる現金通貨にあたる。これは、預金ないし準通貨の色合いをもつアリペイ(支付宝, Alipay)やウィチャットペイ(微信支付, WeChat Pay)とはまったく違う。

 アリペイの場合、オンライン取引業者のアリババがアリペイを使って電子決済するかたちでキャッシュレス化を進めた。これに、無償でメッセージ交換ができるウィチャット(WeChat、騰訊控股[テンセント]が運営)が各利用者の銀行口座にアクセスできるようになったことで、スマートフォンを使ったウィチャット経由でのウィチャットペイが広まったのだ。いずれもインターネットを利用した電子決済だが、DCEPはインターネットなしでも二つのモバイル装置を「タッチ」するだけで資金移転が可能だ。

 興味深いのは、米中対立が深化するなかでも、ビジネスにたけた米系企業がこのDCEPを受けいれて商品決済できるようにしている点である。たとえば、マクドナルズ、スターバックス、サブウェイがそれだ。これらの企業はDCEPの将来性が明るいことをよく意識し、それに備えようとしていることになる。


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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