将棋だけでなくすべての分野に当てはまる大局観を持つことの大切さ。
2020年06月18日
新型コロナ禍による憂鬱が依然、続くなかで、ちょっとした明るいニュースがわれわれを癒やし、励ましてくれる。
私が将棋ファンだからか、藤井聡太七段の最近の大活躍は、明日に向かう力となっている。
藤井七段は6月4日に将棋の八大タイトルのひとつである棋聖位への挑戦権を握るや、6月8日にはその五番勝負の第一局に臨み、現在、“最強棋士”と言われる渡辺明棋聖に先勝した。
しかも、先手の藤井は自ら「戦型」を決めることができるのに、自分が得意とする「角換わり」ではなく、あえて渡辺好みの「矢倉」戦法に身を預けた。たとえて言えば、投げ技が得意な横綱を相手に、前頭がすすんでもろ差しを許したようなものだ。
藤井に敗れた日の夜、「週刊文春」の取材に答えて渡辺は次のように語っている。
「帰宅してすぐ今日の将棋を検証したら、有利だと思っていた局面が、実は既に不利だったと分かった」
「藤井君の終盤の読みは早く、本当に正確、異質な強さだと感じました」
渡辺は現在、棋王、王将、棋聖の三冠。現在、名人戦にも挑戦し、6月11日には豊島将之名人との第一局に先勝した。その渡辺が“異質な強さ”とまで表現するのは、藤井将棋の深さに驚嘆したのだろうか。
藤井はすでに“400年に一人の天才”と言われたりする。徳川家によって「将棋名人」が創設されたのはほぼ400年前だから、早くも将棋史上最強の棋士になると認められたようなものだ。
私もかなり早い段階から彼に注目してきた。とりわけ、小学校6年で詰将棋のプロ・アマがこぞって参戦する「詰将棋選手権」で優勝してから、目が離せなくなった。以来、この選手権でも彼は五連覇中である。
詰将棋を解くのはもちろんだが、創作でも10歳にして将棋雑誌から賞を受けている。あっという間に長手数の詰将棋を解くというのは、もう人間業とは思えない。十数手詰めを何日もかけて考える自分とは比べものにならない。
以来、彼は常に最年少の記録をつくって今日に至っている。今回のタイトル戦挑戦も最年少記録だ。
藤井と同じように中学生でプロ棋士になった天才は、ほかにも4人いる。“ひふみん”こと加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明である。
このうち加藤は私と同年配。彼が18歳でA級八段昇段と早稲田大学への入学を果たしたこと、20歳で名人位に挑戦したときの騒ぎを、今も覚えている。当時、加藤は「神武以来の天才」と言われた。とすれば、藤井の破格さは「縄文以来の天才」と言うほかはない。
永世棋聖・元将棋連盟会長の米長邦雄が亡くなってもう10年近くになる。将棋界の枠をはみ出した人気者だった。私は彼にこう言ったことがある。
「もし、日本に将棋の世界がなければ、日本人のノーベル賞受賞者はもっと多くなったでしょう」
彼は一瞬キョトンとして、「そうなりますかなあ」とニヤリとした。
米長はつねづね、「兄貴たちは頭が悪いから東大に行った」とうそぶいていた。確か3人だったか、みんな将棋好きでプロになりたがっていたが、末の弟に負けるようになったので、将棋のプロになる夢を諦めて、東大に進学したというのである。
谷川浩司九段の場合も同じだ。
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