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「人種差別の怒りの渦」に垂れ込める「不安」という名の暗雲

花田吉隆 元防衛大学校教授

拡大デモの最中に片ひざをつき、抗議する若者たち=2020年6月8日、米ニューヨーク、藤原学思撮影

 5月25日、ミネソタ州の黒人死亡事件に端を発した人種差別への怒りが収まる気配を見せない。トランプ大統領の言動が怒りに油を注ぐ。6月1日、ホワイトハウス近くのセント・ジョーンズ教会まで歩き、聖書を片手に秩序維持を訴えた。同日、「警察や州兵の対応で不十分なら連邦軍を派遣し問題を迅速に解決する」と述べた。自分は「法と秩序」の守り神だ。群衆による無法をのさばらしてはならない。人々は安寧な社会を求めている。しかし、大統領の発言は逆に民衆の怒りを増幅させた。12日、ジョージア州で再び警察官が黒人男性を射殺する事件が起き、事態の深刻さが一層浮き彫りになる。

怒りの矛先はあらゆる人種差別に

 怒りの渦は世界中に広がりつつある。フランスで、英国で、ブラジルで、インドネシアで、民衆が一斉に路上に出、抗議の意思表示を始めた。デモには黒人だけでなく、白人やアジア系、その他多種多様な人種が参加する。怒りの矛先は黒人差別だけでなく、あらゆる色の人種差別に向けられている。オーストラリアではアボリジニに対する差別が、インドネシアでは西パプア住民に対する差別が怒りの対象だ。ミネソタの片隅の事件が、全世界を揺り動かさんばかりのうねりとなっている。

 事態は1968年のキング牧師暗殺を思い起こさせる。全米で黒人差別に対する抗議の嵐が吹き荒れた。当時、ベトナム戦争、公民権運動、米国の国力低下が、社会に不安を生んでいた。

 米国はベトナム戦争に足をとられ、帝国の威信が傷つけられた。こんなはずではなかった。米国は自由と民主主義を守るため、共産主義の侵略から守るためベトナムに介入した。相手は、正規軍ですらない。訓練もろくに受けてないゲリラだ。米国が負けるはずがない。ところが事実はそうでなかった。圧倒的に武器で勝る米国が、北ベトナムのゲリラ戦に翻弄された。この先戦闘を続けて果たして勝利の見込みはあるのか。泥沼に足を取られた事態に、米国民の自信が日に日に揺らいでいく。

 公民権運動は行き過ぎだ、多くの白人がそう思った。異なる人種をいかに統合するか、それが米国に与えられた宿命だ。ケネディーやジョンソンといった進歩主義者が黒人の地位向上を目指し多くの改革案を実現した。しかし、それは白人保守層にとり、米国社会の基盤を揺るがしかねない企てに映る。このまま社会を進歩主義者の手にゆだねていていいのか。

 米国は、大恐慌以来、大きな政府を志向してきた。自助が国の基本だったはずの米国社会が、いつの間にか政府の保護を頼りにする社会に変わっていった。これは国の在り方に対する紛れもない挑戦だ。しかも、この大きな政府は国の財政を危うくする。第二次大戦終了時、世界の富の大半を握っていた米国が、大きな政府による支出増とベトナムの戦費増で、みるみる国力が低下していく。米国は戦後世界に絶対的な力の保持者として君臨してきたが、このまま米国が君臨し続けることは不可能だ。社会が言いようのない危機感に包まれていく。

 米国は誤った方向に進んでいる。

 自由世界のためと思ってした戦争が、何やら植民地主義存続のための戦争になっている。自助の精神がないがしろにされ、人々が国家保護に頼る社会になり果てた。もはや、絶対者として世界に君臨し続ける力が残されてない。

 これが、1968年、大統領選挙の時の米国社会を取り巻く状況だった。米国は、戦後初めて混迷の淵に落ちかけていた。これを抜群の政治嗅覚を持つニクソン氏が察知する。

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筆者

花田吉隆

花田吉隆(はなだ・よしたか) 元防衛大学校教授

在東ティモール特命全権大使、防衛大学校教授等を経て、早稲田大学非常勤講師。著書に「東ティモールの成功と国造りの課題」等。

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