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新型コロナ対策で攻めの韓国――K防疫は経済を止めない

伊東順子 フリーライター・翻訳業

なぜ日本はドラマの撮影を自粛したのですか?

 朝鮮半島情勢は緊張状態となり、息子が入隊中の親たちが心配している。

 「うちは運良く、昨年秋に除隊した」

 友人の話からは、韓国の大変さがひしひしと伝わるのだが、こんな意見も聞いた。例の韓国ドラマ「愛の不時着」が、南北問題にも影響を及ぼしたのではないかと。日本でも話題のこのドラマは北朝鮮高官の息子と韓国財閥の娘の恋愛という超ファンタジー。そこにおける正義と不正義の戦いという、韓国ドラマの王道的展開がコロナ自粛中の世界で大ブレイクした。

ドラマ「愛の不時着」。主役のソン・イェジン(右)とヒョンビン=tvN提供ドラマ「愛の不時着」。主役のソン・イェジン(右)とヒョンビン=tvN提供

 日本のネットメディア界隈では、「次は北朝鮮に行ってみたくなった」という発言が紹介されたり、「実際の北朝鮮にはヒョンビン(主役)みたいな素敵な軍人はいない」という「脱北者」の声が紹介されたり。それに対して、「朝鮮半島の歴史と日本の関係を考えると、少し能天気すぎる」という意見もある。

 ドラマで描かれる北朝鮮社会は、70年代の韓国を描いたものにも似ている。そこで「経済的時差はあるけど、やはり同じ民族だよね」的なメッセージが愛情とユーモアをもって語られてはいるが、北朝鮮の当局者にとっては不愉快千万だろう。密かに視聴している人民たちはともかく。そこでこのドラマが北朝鮮を刺激したのでは? という件の友人の推理になるわけだ。

 ところで友人は日本のドラマの話もした。

 「なんで『麒麟がくる』は中断しているんですか?」

 それは前に別の人からも聞かれた。韓国にもNHK海外向け放送で大河ドラマや朝ドラを楽しんでいる人がいる。

 「それは撮影を自粛していたから。NHKだけでなく、民放のドラマも中断しているものが多いそう……」

 「なんで自粛するんですか?」

 何でだろう? たしかに韓国ドラマは中断しない。ドラマも映画も撮影は続いている。

 「極端な店舗閉鎖や移動制限などをすることなく、ウイルスの拡散を遮断する」というのは、韓国が誇る「K防疫システム」の大原則である。だから他国のようなロックダウン(都市封鎖)もしないし、日本のような飲食店への休業や時短要請もなかった。移動についてもしかりだ。

 不思議がられたのは、日本が「6月19日からは県外への移動自粛要請が解除された」ということだ。

 「県外への移動が禁止されていたんですか?」

 「禁止ではなく、自粛しろと……」

 と答えながら、不思議な気持ちになる。禁止されてはいないのに、解除される? 「あいまいな日本の私」はよくわからない。

クラスター発生に動じない

 もちろん、韓国とて完全に感染を抑え込んだわけではない。5月の連休明けから始まった、首都圏でのクラスター発生は今も続いている。

 「お願いだから、ちょっと黙っていてと思いました。あの人が何か言うと感染爆発が起こる」

 仕事つながりの韓国女性がため息まじりに「あの人」と言ったのは文在寅大統領のことだ。

 「我々は防疫において世界をリードする国になった。K防疫は世界の標準となった」

 5月10日の就任3周年スピーチは、勝利感にあふれたものだったが、人々は少々困惑していた。月末に「新規確診者(新規の確定診断者。韓国では感染者という言葉は使わない)ゼロ」を達成した韓国だったが、連休明けと同時に「夜の街」でのクラスターが発生していたからだ。

ソウルの繁華街・梨泰院にあるクラブ。ここでクラスターが発生した=東亜日報提供  ソウルの繁華街・梨泰院にあるクラブ。ここでクラスターが発生した=東亜日報提供

 大統領が言う「K防疫」とは韓国の新型コロナ対策のことである。K-popやK文学などと同じKoreaのKを頭につけている。ドライブスルー方式の検査や韓国製検査キットなどが海外で活躍し、また韓国の感染対策も評価されているのだから、それを国家的ブランドとして売り出すのは悪い戦略ではないだろう。一方で、人々が少々困惑したのもわかる。トラウマがあるからだ。あの悪夢の2月半ば、あの時も「新規確診者ゼロ」が続いていたのに、大統領が収束宣言を出すと言った矢先に、大邱で宗教団体発の感染爆発が起きた。

 もうああいうのはこりごり――そうは言うものの、大邱の時とは違い、今の韓国の人々はとても落ち着いている。

 「油断したらダメってことですね。でも、まあ、心配なら検査してもらえばいいし」

 安心の背景には

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