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新型コロナ危機と底が抜けた「無法国家」ニッポンの病理

自粛を要請した権力。独自の緊急事態宣言を出した首長。裁判所停止。もうなんでもあり

倉持麟太郎 弁護士(弁護士法人Next代表)

 内閣が任命した大臣の金銭疑惑や新型コロナウイルス危機への様々な対策・対応について、議論したり追究したりする「場」として、国会がこれほど重要な局面はないにもかかわらず、そそくさと国会を閉じる与党・自民党。一方で、会期の延長を要求しながら、憲法審査会の出席は拒否し、新型インフル特措法の改正時には、「少数野党だから国会承認には意味がない」と言い放つ野党。

 ご都合主義的な党派的行動原理はどっちもどっちで、もはや既存の政党政治は、「公共性」や「熟議」といった価値・理念から、全速力で遠ざかっているように見える。

 新型コロナ禍に翻弄された2020年前半の日本を振り返って見えてきたのは、与野党や地方自治体の首長が協働で創り出す底抜けの「無法国家」ニッポンであった。本稿では、そうしたこの国の病理について論じたい。なお本稿では、政府等の対応の医学的・科学的妥当性については特に検討は加えない。本稿がフォーカスするのは、あくまで「法」的見地である。

拡大首相官邸に入る安倍晋三首相=2020年6月26日午前9時54分

コロナ禍のもと続いた「無法」のオンパレード

 1月に新型コロナの国内初の感染者が報告され、2月初頭にはダイアモンドプリンセス号での集団感染が発覚したが、この時点ではまだ、コロナはさほど深刻な問題として受け止められておらず、政府の対策もどこか鈍かった。

 ところが、3月末に東京オリンピックの延期が決定すると、都内の感染者数が突如、急増。小池百合子知事が緊急事態宣言の発令を政府に求めるようになる。これらを受けて、政府は4月7日、「新型インフル特措法」に基づく緊急事態宣言の発令を行い、翌8日午前0時から指定された都道府県は緊急事態に突入した。

 この経過の中で、無法国家ニッポンが立ち現れる。

 宣言に先立ち、小池都知事は3月25日、都民に対して、「自粛」を「要請」するという、語義矛盾そのものとしか言いようのない「お願い」をする。これは法的根拠のない事実上の「お願い」であり、法的効果はもちろん何らの法的意味すらない。こんなもので我々の移動の自由や集会の自由が制限されること自体、法治とは到底言えない状況だが、都民は“自主的に”当該週末の外出を控え、集会、営業、教育など様々な面で、自由の行使を「自粛」した。

拡大新型コロナウイルス対策についての緊急記者会見で、フリップを上げて協力を求める東京都の小池百合子知事=2020年3月25日午後8時13分、東京都庁

 宣言前の出来事で印象的なものとしては、2月末の小中高校に対する安倍晋三首相の一斉休校の要請がある。これは本来、教育委員会が有している権限であり、首相には法的な権限はない。

 緊急事態宣言自体も、新型インフル特措法によれば、一部の「命令」違反には罰則=強制力があるものの、我々市民が対応した様々な日常の行動や営業等々の自由制限については、法的な強制力のない「要請」しかできない。強制力がないために「補償」も後手後手となった。権力が責任主体ではなく市民社会が責任をとらされる「自粛」のもとでは、補償の議論もままならず、なにやら“恩恵=ほどこし”の香りすらする給付金を、世界より大分遅れて支給するのがやっとだった。

 さらに驚きでアゴがはずれそうになったのが、先述した4月7日の緊急事態宣言の対象から外れた愛知県をはじめとするいくつかの自治体が、「独自の緊急事態宣言」を発令したことだった。そもそも、緊急事態宣言に基づく対処方針を策定して様々な措置を発令できるのは、国から指定された自治体だけだ。愛知県が独自でそのような宣言を発令する法的な根拠は存在しない。

 これは、超法規的措置なのか? 宣言の効果は? 宣言に基づいて何ができるのか? 事後的に法的に争えるのか? 私は頭の中は「?」でいっぱいになり、もはや混乱を通り越して眩暈(めまい)がしたものである。

 その後、緊急事態宣言は「解除」されたものの、「東京アラート」は“問題外の外”にしても、ステップ1、2、3などといった三段階の権利制約には全く法的根拠がない。当たり前のように法的に無根拠の措置を発する権力と、これに服従する市民。自由、権利、法の支配……。教科書で字面だけを追ってきたこうした概念は、我々の血肉には全くなっていない。まさしく、我々の社会に決定的に欠けているものが明らかになった数カ月だった。


筆者

倉持麟太郎

倉持麟太郎(くらもち・りんたろう) 弁護士(弁護士法人Next代表)

1983年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会)。日本弁護士連合会憲法問題対策本部幹事、弁護士法人Next代表弁護士、慶応グローバルリサーチインスティチュート(KGRI)所員。ベンチャー支援、一般企業法務、「働き方」などについて専門的に取り扱う一方で、TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」レギュラーコメンテーター、衆議院平和安全法制特別委員会公聴会で参考人として意見陳述、World Forum for Democracyにスピーカー参加、米国務省International Visitor Leadership Programに招聘、朝日新聞『論座』レギュラー執筆者、慶應義塾大学法科大学院非常勤講師(憲法)など多方面で活動。共著に『2015年安保 国会の内と外で』(岩波書店)、『時代の正体 Vol.2』(現代思潮新社)、『ゴー宣〈憲法〉道場』(毎日新聞出版)、著書に『リベラルの敵はリベラルにあり』(ちくま新書)がある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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