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今こそ「統治行為論」を消去せよ!

砂川事件最高裁判決で調査官メモが意味するもの~揺らぐ統治行為論の正当性

豊 秀一 朝日新聞編集委員

Ⅰ 砂川事件最高裁判決とは何だったのか

 そもそも砂川事件とは何だったのか。

 東京都砂川町(現立川市)の旧米軍立川基地の拡張計画をめぐって、住民や学生、労働組合員などが激しい反対闘争を繰り広げた「砂川闘争」の中で起きた事件だった。1957年、反対する学生ら7人が基地に立ち入ったとして、旧日米安保条約3条に基づく刑事特別法違反の罪で起訴された。

 東京地裁(伊達秋雄裁判長)は1959年3月30日、同法の前提である米軍駐留について、憲法9条2項が禁じる戦力にあたり違憲と判断し、全員に無罪を言い渡した。検察が跳躍上告し、最高裁(裁判長・田中耕太郎長官)は1959年12月16日、判決を言い渡し、「日米安保条約は違憲とは言えない」とする結論を裁判官15人の全員一致で出した。ただし、結論の理由付けは12人による「多数意見」と、それとは異なる3人の「意見」に分かれた(図①参照)。

拡大図①

 多数意見は、米軍駐留が憲法9条などの趣旨に反するかどうかを、ざっと以下のような論理立てで説明した。

(1) 日米安保条約は、主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有し、その内容が違憲かどうかの法的判断は、内閣および国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点が少なくない。違憲かどうかの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のもので、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものだ。一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のもので、それは第一次的には、内閣および国会の判断に従うべく、終局的には、主権を有する国民の政治的判断に委ねられるべきものである。
(2) 駐留軍隊は外国軍隊であり、わが国自体の戦力でなく、指揮権、管理権はすべて米国に存する。目的もわが国及び極東の平和と安全を維持し、再び戦争の惨禍が起らないようにすることにある。駐留を許容したのは、防衛力の不足を平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼して補なおうとしたものにほかならず、米軍駐留は憲法9条や前文の趣旨に適合こそすれ、違憲無効があることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。

 (1)で「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは」と条件をつけながらも「司法審査の範囲外」といい、(2)で「憲法9条や前文の趣旨に適合こそすれ」と実質的に合憲判断を下している。素直に読むと、(1)と(2)は反対のことをいっているように見える。

 反対の論理をつなげている多数意見のおかしさについて、奥野健一、高橋潔の両裁判官は、「意見」の中で次のように批判した。

 安保条約は裁判所の司法審査権の範囲外のものであるとしながら、違憲であるか否かが『一見極めて明白』なものは審査できるというのであつて、論理の一貫性を欠く」「多数意見は結語として安保条約は一見極めて明白な違憲があるとは認められないといいながら、その過程において、むしろ違憲でないことを実質的に審査判示しているものと認められる。

 なぜ、こんな無理な論理を重ねたのだろうか。

 長谷部恭男・早大教授(憲法)はこう推測する。「大法廷の内部には、司法判断を全面的に避けるべきだという裁判官から、合憲だと言い切るべきだという裁判官まで、多様な見解が分布していたのでしょう。それらの見解を微妙につなぎ合わせながら、可能な限り多数の裁判官による法廷意見を構築しようとした結果、妙にねじくれた見解が生まれているように思われます」(『憲法講話』(有斐閣)341頁)

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筆者

豊 秀一

豊 秀一(ゆたか・しゅういち) 朝日新聞編集委員

1965年5月生まれ。1989年に朝日新聞社に入社し、青森、甲府両支局を経て、社会部で主に憲法・司法担当の取材を続けてきた。著書に「国民投票―憲法を変える?変えない?」(岩波ブックレット)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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