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今こそ「統治行為論」を消去せよ!

砂川事件最高裁判決で調査官メモが意味するもの~揺らぐ統治行為論の正当性

豊 秀一 朝日新聞編集委員

Ⅱ 多様な裁判官の見解を裏付けるメモ

 メモはB5版8枚で、日付は1959年12月5日。判決言い渡しの11日前にあたる。冒頭に「砂川事件の判決の構成について 足立調査官」と書かれ、書き出しはこう始まっていた。

 裁判官の各補足意見又は意見において、多数意見として引用されているものは、果たして多数意見といえるか否か疑問であると思う。

 いきなり、判決原案への疑問を正面からぶつけたのである。メモはこう続く。

 このいわゆる多数意見に同調しながら、補足意見において、安保条約の合憲性につき、田中、河村(大)両裁判官は、判断を示し合憲とされ、島裁判官は、右の同調の点はとも角として、安保条約を合憲と判断しておられる。また、垂水裁判官も、安保条約について『合憲と判断ができる』、『私見によれば合憲であると判示してよい』(二六頁二八頁)とされている。右四裁判官の意見は、安保条約の如き高度政治性の統治行為については裁判所の審査権の範囲外であり、内容に立ち入ることはできない(一見明白云々の場合は、今は触れません)、従って合憲違憲の判断もできないとする、藤田・入江両裁判官の意見と相対立する。だから、私の見解では、前記四裁判官の意見は、むしろ、条約について違憲審査権があり、本件安保条約の合憲性についてはその内容に立ち入り合憲の判断を示すことができるとする、小谷、奥野、高橋、石坂の四裁判官の意見と一致し、計八名の多数意見となる。垂水裁判官の意見は合憲判断を示していないと見ても、合憲判断を示した裁判官は七名である。従って、かりに前記のいわゆる多数意見のみの五裁判官(斎藤、河村(又)、池田、下飯坂、高木)が、藤田、入江裁判官と同意見であっても、その計は七名であるから、多数意見とはならない。

 判決の中身が頭に入っていないと、理解が難しいメモである。私も最初はさっぱりわからなかった。思い切ってかみ砕いて説明したい(図②を参照)。

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 ポイントは次のように説明できるだろう。

① 「多数意見」(判決原案で示されている「多数意見」)が、本当に「多数」といえるのか、疑問である。
② 「多数意見」は対立する見解から構成されている。(a)合憲判断をしているグループ(b)司法審査はできない(統治行為)とするグループ(c)それ以外のグループ(補足意見を述べていない5人)、の3つである。
③ 補足意見を読んで判断すると、「多数意見」の中で合憲判断をしている(a)グループは、田中耕太郎、河村大助、島保、垂水克己の4裁判官。このグループの意見は、司法審査はできないとする(統治行為論を採る)(b)グループの藤田八郎、入江俊郎の2裁判官の意見と対立している。
④ 田中長官ら(a)グループ4人はむしろ、違憲審査権があって安保条約の合憲性を判断できるとしている小谷勝重、奥野健一、高橋潔、石坂修一の4裁判官の意見と一致し、これを合わせれば「合憲」とする8人の多数意見を作れる。
⑤ もし垂水裁判官が合憲判断をしていないとみても、合憲判断をした(a)グループは7人になる。一方、(b)の「それ以外のグループ」5人の意見が、司法審査をできないとする(c)の入江裁判官ら2人と同じだったとみても足して7人。(a)と、(b)(c)とも15人の裁判官の過半数にはいたらないから、多数意見とはならない。

 長谷部教授が指摘するように、「司法判断を全面的に避けるべきだという裁判官」=bグループと、「合憲だと言い切るべきだという裁判官」=aグループの存在、そしてcグループも含めた、「多様な見解」が裁判官の中にあったということがメモから裏付けられる。

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筆者

豊 秀一

豊 秀一(ゆたか・しゅういち) 朝日新聞編集委員

1965年5月生まれ。1989年に朝日新聞社に入社し、青森、甲府両支局を経て、社会部で主に憲法・司法担当の取材を続けてきた。著書に「国民投票―憲法を変える?変えない?」(岩波ブックレット)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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