メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

コロナが背中を押すジョブ型という「自立した自分」への第一歩

ウイルスが我々に問いかけているもの(6) 雇用形態

花田吉隆 元防衛大学校教授

広がるテレワーク、問題は労働の成果をどう評価するか

 テレワークは必然的に労務管理の変化を生む。時間労働から成果主義への変化だ。問題はどうやって労働の成果を評価するかだ。中には、企業が従業員のパソコン利用履歴を管理し、9時から17時までの時間労働にどうやっても縛り付けようとする企業もあるという。それは困ったものだが、いずれにせよテレワークは、従業員を長時間労働という日本の悪しき労働慣行から解放する強力な契機になりそうだ。

 日本型勤務形態は製造業華やかなりし頃の遺物だ。労働者を工場にかき集め、カンヅメにした上でベルトコンベアに縛り付ける。その結果、賃金は労働時間で計測できることとなり、何時間働いたかが評価基準だ。他方、かき集めた労働者は、企業が「丸抱え」で面倒をみる。厚生施設を整備、忘年会や運動会を開催、年一回の社員旅行を企画し労働インセンティブを刺激する。会社と労働者の一体感が醸成され、復興と成長に向け「社員が一丸」となり深夜まで働き続ける慣行が生まれた。労働は高い労働意欲に裏打ちされ、それが高い品質を保証する。生産性が向上、やがてGDP世界第二位まで上り詰めていった。しかし、これは知識重視の今の産業形態のものではない。

「企業丸抱え」から従業員の解放を

 ベルトコンベアの前に座り、ひたすらモノを作り続ける時代は終わった。後進国ならいざ知らず、日本のように産業が高度に発展した国にあって、いつまでも一時代前の勤務形態を続けていて高い競争力を維持できるわけがない。いかにして知識重視の産業形態にマッチした勤務形態に転換していくか。

 日本経済は「企業丸抱え」から従業員を解放しなければならない。頭の働きを封殺し、ひたすらベルトコンベアの前に座らせれば生産性が上がる時代はとうに過ぎ去った。従業員は「工場の部品」としての存在から解放され、自らの頭を働かせる存在に変わらなければならない。

 自らの頭を働かせる前提として、勤務時間の自己管理がある。企業は従業員のパソコン履歴を管理するのでなく、

・・・ログインして読む
(残り:約1761文字/本文:約3809文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

花田吉隆

花田吉隆(はなだ・よしたか) 元防衛大学校教授

1953年生まれ。在スイス大使館公使、在フランクフルト総領事、在東ティモール特命全権大使、防衛大学校教授等を経て、現在、早稲田大学非常勤講師。著書に「東ティモールの成功と国造りの課題」(創成社)「スイスが問う明日の日本」(刀水書房)等。

花田吉隆の記事

もっと見る