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「やったふり」の政治家や政府は当事者が声を上げなければ変わらない

神津里季生・山口二郎の往復書簡(6)民主主義における市民と政治の本来の関係性とは

山口二郎 法政大学法学部教授(政治学)

 連合の神津里季生会長と法政大学の山口二郎教授の「往復書簡」。今回は、6月19日に「公開」した神津会長の「感染症対策と経済復興の二項対立を克服しコロナ後の新しい道を拓きたい」への山口教授の返信です。

連載・ 往復書簡 コロナ危機と政治 神津里季生・山口二郎

拡大「東京アラート」が解除され、警戒を示す赤色だったレインボーブリッジは虹色に変わったが……=2020年6月11日午後11時28分、東京都港区

 ようやくプロ野球が開幕し、野球ファンの私は大喜びです。ただ、新型コロナウィルスの感染は再び増加に転じており、楽観を許しません。緊急事態宣言や東京アラートの解除は何を意味していたのか、大きな疑問を感じます。

 このウイルスは、いったん収束したように見えても、感染が再発します。これは多くの国が共通して苦しんでいる課題で、日本だけが悪いわけではありません。しかし私は、「平常」と「危機」の境目があいまいなのは、日本の特徴だと思います。

「仕事をしたふり」が得意な日本の官僚

 神津さんがこのあいだの書簡(「感染症対策と経済復興の二項対立を克服しコロナ後の新しい道を拓きたい」)で指摘される通り、命を守る対策と経済支援策は、本来一体のはずです。首都圏など人口密集地域では、児玉龍彦東大名誉教授が言われるように、全員に抗体検査を実施し、隔離と徹底した治療を行うという根本的対策を取るべきです。実態を明らかにしてこそ、安心して社会、経済活動を行うことができます。

 では、なぜ政府は大規模な検査に基づく対策を取らないのでしょうか。感染者数が増加するという「不都合な真実」を見たくないという気分が、政治家や官僚にあることも確かでしょうが、もう一つの理由は、日本の官僚が手持ちの材料でもっともらしい対応をして、仕事をしたふりをするのが得意だという点にあります。

 私はこのパターンを「プロクルステスのベッド症候群」と呼んでいます。プロクルステスとはギリシャ神話に出てくる追いはぎで、山中で旅人を捕まえてきては自宅のベッドに縛り付け、ベッドからはみ出す手足を切り取るという残虐な趣味を持っていました。

 これは、人間の認識に起こりがちな倒錯を警告する寓話です。問題をありのままに見て対策をたてるのではなく、あらかじめ自分が作った枠組みに問題の方をはめ込み、分かった気になるというのはだれでも陥る失敗です。

 日本の官僚には特にこの傾向が強いと私は考えます。たとえば、かつて水俣病対策において、厳しい認定基準という狭いベッドを設定して大量の未認定患者を作り出し、救済の対象にしなかったことなどがその典型です。今回のコロナ対策でも、貧弱な医療資源(人口当たりのICUの数は、日本はイタリアにも劣っています)に合わせて、感染者の発見を一定のペースに抑えることを政策の主目的にしました。そのため、PCR検査の数は抑制され、感染の全体像が分からないままでした。

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筆者

山口二郎

山口二郎(やまぐち・じろう) 法政大学法学部教授(政治学)

1958年生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学法学部教授を経て、法政大学法学部教授(政治学)。主な著書に「大蔵官僚支配の終焉」、「政治改革」、「ブレア時代のイギリス」、「政権交代とは何だったのか」、「若者のための政治マニュアル」など。

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