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消費税減税、ベーシック・インカム…玉木雄一郎が提唱するコロナ後の経済政策

「金儲けのための資本主義」ではなく「人を大切にする資本主義」へ

玉木雄一郎 国民民主党代表

 ビフォア・コロナ(BC)とアフター・コロナ(AC)では見える景色が全く違う。「ラッシュアワーの満員の通勤電車」「校庭に響きわたる子供たちの声」「居酒屋でとりあえずビールで乾杯」。このようなビフォア・コロナの見慣れた景色は大きく変わってしまった。海外を見てみると、例えばニューヨークでは、既に大量の失業者が発生し、治安も悪化。社会の仕組みの維持も容易でなくなってしまった。

1.気候変動と新興感染症の発生は「文明史的転換点」だった

 非常事態宣言は解除されたが、もう、ビフォア・コロナの世界に戻ることはできないし戻してはならない。今、私たちは、アフター・コロナの時代における世界と日本の姿を新たに構想しなくてはならない。歴史を振り返ってみても、気候変動や新興感染症の世界的流行が大きな文明史的転換をもたらしている。

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 例えば、14世紀半ばに始まったミニ氷河期に猛威をふるったペストの大流行では、当時の世界人口4億5000万人の22%にあたる1億人が死亡したとされている。特にヨーロッパでは、1348年から1420年にかけて断続的に流行し、人口の3分の1から3分の2にあたる約2500万人から5000万人、イギリスやイタリアでは人口の8割が死亡したと推定されている。

 この頃ヨーロッパでは気候変動による不作や飢饉が起こったため、痩せた土地を無理に開発しようと森林破壊が進んでいた。森林の伐採によりキツネ、オオカミなどの住処がなくなり、ネズミが増殖したことが感染拡大に繋がったとも言われる。ペスト流行を魔女の仕業とし、疑わしい女性を魔女として迫害する「魔女狩り」も起きた。

 ペストの世界的大流行の背景には、ヨーロッパでの地中海貿易圏の成長と、モンゴル帝国の支配下でユーラシア大陸の東西を結ぶ交易が盛んになったこともあると考えられている。その後、モンゴル帝国は弱体化し、一方、13世紀末に成立したオスマン帝国は勢力を拡大した。

 また、ペストは社会システム変革のきっかけともなった。中世ヨーロッパにおいて絶大な権力を誇っていたローマ教皇を頂点とする教会も、感染症には無力だったため、十字軍の遠征失敗などと相まってその影響力が低下した。さらに、土地を所有していた封建領主も、ペストによる人口減少によって労働力が不足した結果、農民の地位が相対的に向上したことで、その地位を低下させた。教会と封建領主という2つの権力の失墜が、人間中心の生き方を取り戻すルネサンスにつながっていった。

拡大Sean O' Dwyer/Shutterstock.com

 過去の事例から導き出されることは、それぞれの時代におけるグローバル化と、そこに環境破壊や気候変動、そして新興感染症がセットで発生すると、それは時代の転換点、更に言えば人類文明の転換点に繋がるということである。

 そしてコロナ禍を経て、世界は再び文明史的な転換点に立っているとの認識に立つべきではないか。

2.効率重視の「ジャストインタイム」から、備え重視の「ジャストインケース」へ

 特に今回のコロナ禍によって、これまで利点とされていた選択と集中や効率化の弊害や弱点、すなわちグローバル資本主義のもとで進行してきた所得格差や社会の分断、そして地球温暖化などがあらわになった。これらの問題はコロナ禍がなくてもいずれ限界を迎える課題だったが、それが顕在化したとも言える。

 だからこそ今、私たちは、「物質」や「資本」ではなく「命」や「人間」を最優先に考える社会に変えていかなくてはならない。

 それはまるでペスト禍が既存の権威や価値観を変えルネサンスにつながったように、今回のコロナ禍は、人間を生産要素の一つとして位置づけひたすら効率化を優先してきた近代産業文明の価値観を変え、再び「人間中心の生き方を取り戻す」契機となり得るし、していかなくてはならない。

 いわば、平時において高度に効率性を重視する「ジャストインタイム」の社会から、有事のときに命や健康を守る備えが十分に確保されている「ジャストインケース」の社会への転換である。

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筆者

玉木雄一郎

玉木雄一郎(たまき・ゆういちろう) 国民民主党代表

1969年、香川県寒川町(現さぬき市)生まれ。県立高松高校、東京大学法学部を経て大蔵省入省。ハーバード大学ケネディスクール修了。外務省(中近東アフリカ局中近東第一課)や金融庁(証券取引等監視委員会)へ出向した後、財務省主計局主査を最後に財務省を退官し、2005年衆院選に香川2区から初出馬、落選。2009年衆院選香川2区で初当選し、4回連続当選。2017年に希望の党代表。2018年に国民民主党代表。