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コロナが揺さぶるラテンアメリカ社会の安定

花田吉隆 元防衛大学校教授

ブラジル・サンパウロの墓地では、次々と運び込まれるひつぎを埋葬するために、いくつもの新しい穴が掘られていた=2020年5月15日、岡田玄撮影

貧困層はコロナの格好の標的

 コロナは、誰かれの見境なく人を襲うという。しかしそれは事実でない。貧困層を狙い撃ちにする。イタリアでも、米国でも、シンガポール(外国人労働者)ですらも、貧困にあえぐ人々がその餌食になった。

 貧困層は、密集した住環境、コロナでも働くしかない生計事情、十分な診療を受けられない医療事情の3つにより、コロナにとり格好の標的だ。そういう貧困層が世界に無数にいる。コロナはその事実を我々にまざまざと思い知らせた。

 ブラジルの貧民街はファベーラという。有名なリオデジャネイロのコパカバーナ海岸は、一面に白砂が広がり世界有数のリゾート地に数えられている。多くの人が波と戯れ海岸を散歩するが、ふと見ると、誰一人として時計をはめている者がいない。服装も、これだけ著名なリゾート地なのに、高価なものが見当たらない。誰もが、一様にTシャツ、短パン、ゴム草履履きだ。別に、海辺で遊ぶからではない。強盗被害を恐れているのだ。

 コパカバーナ海岸から目を離し後ろを振り向くと、丘陵一面に異様な光景が目に入る。斜面に、所狭しとバラックがひしめき合っているのだ。今にも崩れ落ちそうな無数の家々。コパカバーナ海岸の瀟洒な景色と、崩れ落ちんばかりに密集したバラックの建屋。このアンバランスこそがブラジルの原風景だ。

 ブラジルで感染の勢いが止まらない。感染者数は6月30日現在、134万人を超えた。その多くが全国のファベーラで発生した。

 ファベーラにはブラジルの最下層が住む。まっとうな経済からあふれ出し、生活の当てもない人々。そういう人たちが、寄り添うようにしてその日の糊口を凌ぐ。崩れ落ちんばかりの粗末なバラックが、つかの間の眠りの場だ。明日、目が覚めれば、その日生きながらえる保証もない。その日暮らしで何とかつないでいく、ただそれだけだ。そういうところにソシアルディスタンスがあろうはずもない。子だくさんの家族が肌を寄せ合うようにして生活する様は、3密どころの騒ぎでない。

ファベーラの住民が頼るのは自然治癒だけ

 住民はその日暮らしで、コロナがあろうと「稼ぎ」をやめればたちどころに明日の飯に困る。稼ぎといっても、まともな仕事があるわけではない。日雇いはいい方で、多くが犯罪と紙一重だ。

 その中で、最も手っ取り早い稼ぎが「車の窓ふき」だ。ブラジルで交差点に差し掛かり信号待ちで停まると、途端に子供が四方から駆け寄ってくる。手に持ったペットボトルの洗剤を車の窓に吹きかけ、ゴムの洗剤拭きで一撫でする。これで仕事は終わり。ドライバーはやむなくポケットから小銭を渡すが、そうしなければ車を傷つけられるからやむを得ない。交差点は体のいい関所になっていて、「通行税」の支払いなしに通れない仕組みだ。ファベーラの住民に外出自粛ほどそぐわない言葉はない

 そういうところに医療機関があろうはずもない。コロナになろうがどうしようが、住民が頼るのは自然治癒だけだ。

大統領というもう一つの感染拡大要因

 かくて、住環境、勤務環境、医療事情の3つにおいて、ブラジルには感染が広がる理由がある。これに加えて、ブラジルには大統領という感染拡大のもう一つの要因がある。ポピュリストのジャイール・ボルソナロ大統領は「コロナは単なる風邪」と言って憚らず、「経済活動の手を緩めるな」と叱咤激励する。感染現場を目の当たりにする全国の知事はこれに反発し、営業再開には及び腰だが、大統領は気にする様子もない。

 ボルソナロ大統領にとり、経済再建は至上命題だ。2014年から16年のジルマ・ルセフ元大統領がブラジル経済をダメにした。ボルソナロ大統領はこれを再建するといって大統領に当選した。幸い、パウロ・グエデス財務相の存在もあり、経済改革に一定の成果を上げてきた。その改革を更に進めようとした矢先、今度はコロナに襲われた。大統領は、「コロナ程度」で経済を失速させるわけにはいかないという。「大衆迎合」政治家は大衆の支持の上に成り立つ。どこでも、自らに対する支持には敏感だ。しかし、

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