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戦場からヘイトクライムまで、「紛争」から弱者守れぬ「法の空白」埋めよ

「紛争解決請負人」インタビュー 伊勢崎賢治・東京外大教授、現場から次の一手

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

ヘイトクライムを厳罰に

――日本はICCのローマ規程に2007年に参加していますが、ヘイトクライムに対処する法整備がまだなのですか。

 はい。政府は今の刑法でほぼ対応できるという立場ですが、国際的な関心事であるヘイトクライムに対し、より厳しく対処するという考え方の法体系がそもそもありません。ヘイトスピーチの規制は表現の自由との関係が議論になりますが、実際に危害を加える行為には一線を引いて処罰が必要です。同じ締約国のドイツでは国内法の「国際刑法典」を作って対応しています。

 大切なのは、ヘイトクライムを国家や民間の組織が犯した場合、実行した部下よりも重い罰を幹部に科すといった形で、犯罪の指揮者の責任をより重く問うことです。対象となる犯罪を具体的に定める法整備は政府に委ねますが、例えばある集団を排除すべしとネットを通じて訴える団体のメンバーが、実際にその集団に危害を加えるケースが考えられます。

――この法案では、海外に派遣された自衛隊員が過失によって現地住民を死傷させた場合の処罰規定を設けることも求めていますね。この「法の空白」も伊勢崎さんは以前から問題視されていました。

 これは国際人道法の方の話ですね。長くなりますが……(笑)。

 まず2000年に、独立前で国連の暫定統治下にある東ティモールに地方組織のトップとして赴任しました。国連平和維持活動(PKO)の部隊が各国の軍から来ていたのですが、困ったのが(自衛隊でなく他国の)兵士による地元女性へのセクハラで、小規模なデモは日常茶飯事。その度に私が住民たちへの説明の矢面に立つわけです。

拡大2002年3月、東ティモールに戻る難民たちを検問する国連PKOの隊員(右端)=東ティモール・バトゥガデ。朝日新聞社

 私の説明というのは、「まあ冷静に。問題を起こした兵士は本国へ送還したが、本国できちんと裁かれる。PKOに各国から派遣された兵士が起こした犯罪への対処について、国連地位協定という決まりでそうなっているから」というものです。もちろんその前提として、各国にそういう法制度があることが前提になります。

 2003年からは日本政府特別顧問としてアフガニスタンへ行きました。米国の「テロとの戦い」で政権が崩壊したアフガンの戦後復興支援で武装解除に携わり、新政権発足まで見届けました。米軍が駐留を続けるためのアフガン政府との14年に至る地位協定の交渉を見ていて、自衛隊が海外に出る場合はどうなんだろうと、逆に日本のことが気になりました。

拡大2004年9月、武装解除のための小銃を持って並ぶアフガニスタンの兵士たち=カブール郊外。朝日新聞社

自衛隊海外派遣に法の空白

――それで調べたら、海外で自衛隊員が過失により現地住民を死傷させても日本で裁けない「法の空白」があったと。

 ええ。絶句しました。PKOで私たちがあれだけ現地住民に頭を下げて説明したことが、自衛隊でできていなかった。自衛隊は1992年のカンボジア以来PKOに派遣してきましたが、私が国連の責任者ならそんな武装組織は参加させません。自衛隊が参加したハイチPKOの責任者だったブラジルの将官に伝えたら知らず、「オーマイゴッド」と驚いていました。

 自衛隊は2017年に南スーダンPKOから施設部隊が撤収しましたが、これも内戦の停戦合意が危うい状況が続く中で、過失事故が起きても日本で裁けない矛盾が露呈することを日本政府が危ぶんだのが大きい。特に派遣の中心となる陸上自衛隊はよくわかっているから、最近は現場で部隊が活動するようなPKOの話が出てこないんだろうと思っています。

拡大2016年11月、南スーダンPKOに参加した陸上自衛隊の隊員=ジュバ。朝日新聞社

 それでも自衛隊の部隊は今も、国際的な海賊対処行動の支援でアフリカのジプチに派遣されています。駐留のため日本と結んだ地位協定でジブチが裁判権を放棄しているのは、こうした過失犯が日本で裁かれることが前提であるはずです。現状での自衛隊派遣は国際法違反であり、受け入れ国に対する詐欺に等しく、早急に是正すべきです。

――自衛隊の海外派遣は、海外での武力行使を禁じる憲法9条の縛りで国際法上の紛争当事者にならないようにしているので、紛争時の国際人道法の適用について話がややこしくなっているのでは。

 確かに、かつて停戦合意の下で中立の活動が前提だったPKOと国際人道法の関係は曖昧でした。しかし実際には戦闘に巻き込まれることがあったため、1999年に国連事務総長がPKO部隊は国際人道法の対象だと告示しました。PKOでは人権保護のため中立にとどまらない活動も増えており、国際人道法の下に置かれる重要性は一層増しています。

 また、PKOに限らず海外での自衛隊の活動でもし現地住民を死傷させたら、過失であっても日本側ですら裁かれないのは人権軽視だとして地元の不満を高め、駐留を難しくするでしょう。在日米軍関係者による事故で、米国側で裁かれる場合でも日本の法律が及ばないというだけで住民の不満が根強いですが、それ以上にひどいことを日本は外国にしているわけですから。

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)、日独で取材した『ナショナリズムを陶冶する』(朝日新聞出版)

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