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習近平国家主席 大衆の熱狂なき個人崇拝とその原点

柴田哲雄 愛知学院大学准教授

「大民主」と「批闘」

拡大中国各地から寝具持参で北京に集まった紅衛兵
 毛沢東への個人崇拝は、毛の晩年に繰り広げられた「文革」で最高潮に達した。毛沢東の死後、中国共産党は、晩年の毛を全面的に批判する決議を採択している。しかし習近平は、中国共産党の公式の歴史観に対して、地方政府在任中から言外に異を唱えており、国家主席に就任すると、公然と否定的な見解を示すようになった。

 もっとも、習近平は「文革」の全ての要素を肯定しているわけではなく、個人崇拝に大衆の熱狂を付随させた「大民主」を徹底的に批判している。毛沢東はまれに見る独裁者だったが、他方で理想主義者でもあり、大衆自らが主体性を発揮して、大衆自らを治めるという究極の民主主義=「大民主」を理想としていた。毛沢東は、建国後の中国共産党幹部が一党独裁体制の下で、「赤い貴族」と化し大衆の上に君臨していった状況に我慢がならなかったのである。大衆の多くは、そのような党幹部の支配をいまいましく思っていたこともあり、その支配からの解放を謳う毛沢東の「大民主」を歓迎し、ひいては毛への熱狂的な個人崇拝の機運に突き動かされるようになった。毛沢東は大学生や中高生を「紅衛兵」に仕立てて、「大民主」の先鋒にした。

 「紅衛兵」は、「大民主」を実現するためには、大衆を不当に支配する党幹部やその子女に反省を迫る必要があると考えた。しかし反省を迫る行為、すなわち「批闘(批判闘争の略語)」はしばしば暴力を伴う迫害と化した。「文革」期の中国で大規模に実施された「批闘」とは、ブラック企業でしばしば見られるような、ノルマ未達の社員を、全社員の目の前で土下座させて、罵声を浴びせたり、足蹴にしたりするような行為を、さらに大規模かつ残酷にしたようなものだと考えてよい。ブラック企業で、酷い目にあった社員の多くが鬱を患い、時に命を絶ったりしているが、「文革」当時も「批闘」に耐え切れずに、自死する幹部やその子女は後を絶たなかった。

 「批闘」のターゲットになったのは、

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筆者

柴田哲雄

柴田哲雄(しばた・てつお) 愛知学院大学准教授

1969年、名古屋市生まれ。中国留学を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。2002年以来、愛知学院大学教養部に奉職。博士(人間・環境学)を取得し、コロンビア大学東アジア研究所客員研究員を務める。主著に、汪兆銘政権とヴィシー政府を比較研究した『協力・抵抗・沈黙』(成文堂)。中国の亡命団体に関して初めて本格的に論じた『中国民主化・民族運動の現在』(集広舎)。習仲勲・習近平父子の生い立ちから現在に至るまでの思想形成を追究した『習近平の政治思想形成』(彩流社)。原発事故の被災地にゆかりのある「抵抗者」を発掘した『フクシマ・抵抗者たちの近現代史』(彩流社)。汪兆銘と胡耀邦の伝記を通して、中国の上からの民主化の試みと挫折について論じた『汪兆銘と胡耀邦』(彩流社)。

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