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南スーダン野球が全国デビュー。帰国を前に野球連盟も立ち上げて……

野球人、アフリカをゆく(30)ゼロから立ち上げ1年余り。ついにその日が来た。

友成晋也 一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構 代表理事

野球・ソフトボール連盟のバナー。中央の鷲は南スーダンの国鳥であるサンショクウミワシ。3つの価値がかかれている。

<これまでのあらすじ>
かつてガーナ、タンザニアで野球の普及活動を経験した筆者が、危険地南スーダンに赴任し、ここでもゼロから野球を立ち上げて1年3カ月が過ぎた。奇跡的に出会った数少ない野球経験者であるアメリカ帰りのピーター、ウガンダ帰りのウィリアム両コーチと共に毎週練習を重ね、チーム力は向上する。初めて市民向けのスポーツイベントで野球を披露する機会に選手たちは張り切って取り組み、喝采を浴びた。

 南スーダンで2013年以来毎年開催されているナショナルユニティデイ(NUD:国民結束の日:第19話「全力で投げて打つ。日々進歩する南スーダン野球」で説明した、国民スポーツ大会)は、南スーダンのスポーツ省が主催し、JICAが支援をしている、国をあげてのビッグイベントだ。日本で言えば国体のようなものだが、紛争が続いた南スーダンの民族融和、平和づくりを主眼としており、その重要性は非常に高い。

 その事前広報を兼ねたプレイベントが終わり、いよいよ本番まで1週間を切った週初め。NUD担当のダイスこと金森大輔が、職場の私の執務室に勢いよく入ってきた。

 「友成所長、またオファーがありました!」

 「ん?なんのオファー?」

 「野球です。先日のプレイベントでやった野球紹介がすごく評判よくて、ぜひ、NUDのピースデー(平和の日)でまた紹介してくれないかと、事務局から打診があったんです」

ピースデーに野球のデモンストレーション

 ピースデーとは、土曜日から9日間続く国民スポーツ大会の真ん中に設けられた、「平和」をテーマにしたイベントの日のことだ。大会5日目に催されるこの日は、競技を一切やらず、選手たちを対象に、平和を考えるワークショップをやったり、綱引きのようなアトラクション的なイベントを行う。その一つに野球のデモンストレーションをやらないか、との提案があったというのだ。

 NUD本番のピースデーは有名人歌手やコメディアンなどのパフォーマーも来るため、観衆が多く集まる。さらに全州から集まった全競技のアスリートたち360人もいるので、集まる人の数は数千人レベルになる。プレイベントとは規模もスケールも違うのだ。

 だが、問題は、ピースデーが水曜日に開催されること。デモンストレーションの主役である選手たちの多くは、セカンダリースクール(日本でいう中2~高2の年代)に通っている。さすがに学校を休むわけにいかないだろう。

 ところが、念のためピーターに電話してみると、「ミスタートモナリ!やりましょう。1月は学校がちょうど長期休暇の時期ですから、生徒たちの参加は問題ありません」とやや興奮口調で即答した。

 つい先週、ジュバ市民に初めてのお披露目したと思ったら、南スーダンの国のイベントで、野球のデモンストレーションが行われることになった。一気に全国デビューである。

 ただ、もう一つ問題があった。水曜日は私自身の勤務日であり、開催しているNUDは南スーダンのスポーツ省を支援するJICAの事業でもあるので、責任者である所長の自分が休むわけにもいかないし、そもそも一つのプログラムに肩入れするわけにもいかない。

 そこで、ピースデーでの野球デモンストレーションプログラムは、ピーターとウィリアムの二人に完全に任せることにした。

360人のアスリートたちの目を釘付け

NUDの陸上競技で最も盛り上がる州対抗リレーの様子。

 1月25日、第5回NUDの開会式が行われた。全国10州から360人もの若者たちが首都ジュバの陸上競技場に集うさまは壮観だ。

 南スーダンは、64の部族が存在すると言われており、民族間の争いが今も絶えない。日本の1.7倍の広大な国土は、交通インフラが不十分で、全体の6割を占める2大民族を除き、民族間で市民レベルの交流はない方が普通だ。しかし、NUDに参加するアスリートたちは、9日間の滞在期中に、同じ釜の飯を食い、大部屋に一緒に寝泊まりをする。そこで生まれた交流が、民族融和から平和促進へとつながる。ここにNUDの真の意義がある。

 5日後、ピースデーの当日。朝8時から始まるプログラムは、綱引き対抗戦(すべての参加者をシャッフルしてチーム分けする融和プログラム)を皮切りに、ダンス、寸劇などが続き、11時半からいよいよベースボールデモンストレーションタイムだ。

 ピーターとウィリアムは、36人の選手を統率し、ダイヤモンドづくりや道具配置など、自分たちで準備を行っていく。さすがに10日前にやったばかりなので、勝手がわかっている選手たちの動きもキビキビとしている。

15分間のデモンストレーション。ピーターが主審を務める中、選手たちは臆することなく躍動。女子選手たちも頑張りを見せた。

 違うのは観客層と人数だ。全国から集まったアスリートたち360人、それ以外にもたくさんの観客が見守る中、デモンストレーションは始まった。ベンチ前整列から、集合、礼。そして元気よく声を掛け合いながら、打って、走って、守る。

初めてバットを持つ飛び入り参加者に握り方を指導するピーター。
 今回、私は少し離れて眺めていたが、興味深かったのは、360人のアスリートたちの反応だった。野球はどうしてもゲームの進行に緩急があるうえ、ルールが複雑なため、ピーターやウィリアムがかわるがわるマイクで状況を説明しても、初めて野球に接する人たちが理解するのは困難だ。

 しかし、アスリートたちは食い入るように、グラウンドで展開する選手たちのプレーに見入っている。ゲームの後のバッティング体験タイムにも、たくさんの希望者が手を上げた。下手投げとはいえ、初めて動くボールを打つのに、いきなり外野まで飛ばす人がいたりするのには驚かせられたが、なによりもそれを見て歓声を上げて喜ぶ観客席のアスリートたちの反応が嬉しかった。

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