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「敵基地攻撃能力」とは何か? イラク戦争当時の国連での議論から考える

日本の論争に示唆を与える「先制攻撃」と「予防攻撃」との相違点

川端清隆 福岡女学院大学特命教授

 イージス・アショア配備計画の中止に伴い、日本で再び「敵基地攻撃能力」の保有を巡る議論が盛んになってきた。日本政府は9月にも、国連安全保障会議(NSC)で今後のミサイル防衛に関する基本的な考えをまとめるという。議論の背景にあるのは、「日本全土を射程に収める中国や北朝鮮のミサイル技術の進化に伴い、迎撃に徹する従来のミサイル防衛だけでは不十分では」という、東アジアの安全保障環境の変化を踏まえた危機感の高まりだ。

拡大自民党の会議でイージス・アショアの配備計画撤回について説明する河野太郎防衛相(左)=2020年6月25日、東京都千代田区永田町

戦後の安全保障の根幹を揺るがしかねない議論

 日本が限定的な攻撃力の保持について真剣に議論することは、国力の相対的な低下にともないアメリカが「世界の警察官」の役割から降りつつある現実に照らすと、もはや避けて通れないことかもしれない。しかし一方で、防衛目的とはいえ、もし日本がこのような攻撃力を持つことになれば、防衛に専念する自衛隊は「盾(たて)」で攻撃を引き受けるアメリカ軍は「鉾(ほこ)」という、日米二人三脚を軸とする戦後の安全保障の根幹を揺るがしかねない。

 まさに国家の基本政策の変更につながりかねない論争であるが、議論の前提としてまず必要なことは、「敵基地攻撃能力」の定義や条件について、あいまいさを排した詳細な検証ではないだろうか。

 そこで本稿では、国連をはじめとする国際社会が、先制攻撃を含む自衛権の範囲をどう捉えてきたかを、過去の戦争を例にとって検証してみたい。検証に当たっては、アメリカが2003年3月に行ったイラク戦争に焦点を当て、米ブッシュ政権が主張した‟casus belli(開戦理由)” の矛盾に直面した国連が、いかに立ち向かったかを振り返ってみる。

 日本では、「集団的自衛権の行使を根拠とする」先制攻撃はできないとして、「敵基地攻撃」と先制攻撃を区別する難解な議論が見られるが、本稿では法解釈を中心とする国内論議との混同を避けるため、イラク戦争当時の国連での政策論議を軸に論考したい。国連でかわされた実際の戦争を巡る論戦の分析が、とかく観念的になりがちな「敵基地攻撃」を巡る論争を、現実を踏まえた地に足の着いた議論に引き戻す一助となると幸いである。

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筆者

川端清隆

川端清隆(かわばた・きよたか) 福岡女学院大学特命教授

大阪府出身。通信社を経て1988年より25年にわたり国連本部政治局で政務官として勤務。アフガン和平交渉やイラク戦争の戦後処理に関わった後、2004年以降は安保理担当として第二次核危機以降の北朝鮮の核ミサイル問題に関する審議に関わる。2013年より現職。著書に「アフガニスタン 国連和平活動と地域紛争」(みすず書房)や「イラク危機はなぜ防げなかったのか 国連外交の六百日」(岩波書店)。共著に「PKO新時代 安保理からの証言」(岩波書店)。

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