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コロナ時代の新たなシューカツ。「自分探し」にこだわり世界を広げて

基本をおざなりにしたかつての姿に戻すべきではない。よりよい働き方を求めよう

神津里季生 連合会長

パーティション越しに就職活動生に説明する企業の採用担当者ら=2020年7月14日、山形市平久保

 今、新型コロナウィルスが私たちに与えているインパクトは大きくかつ深いものがあります。就活をめぐる環境にも大きな変化が生じています。

 このウィルスは、感染リスクがみえないだけに、大変厄介なしろものです。日本では、諸外国に比べれば死者数がかなり少ないとはいえ、もやもやとした不安は消えません。軽症者・無症状者も後遺症の心配があるとも聞きます。スッキリと安心できるまでに数年はかかることを覚悟せざるをえないでしょう。

コロナでの基本の大事さに目覚めた私たち

 その一方で今回、コロナは期せずして、あらためて私たちにものごとの基本の大事さに対する意識を目覚めさせてくれました。新たな気付きもそこに加わってきています。いつか再びスッキリとした安心を私たちが取り戻せたとしても、社会の姿は完全に元に戻るわけではない、いやむしろ戻すべきではないということなのです。私は、ものごとの基本をおざなりにしていたかつての姿に戻してはならないということだと思います。

 「ニューノーマル」という言葉に象徴されるように、新しい社会の定常的な姿を見出していかなければなりません。災い転じて福となすです。これまでよりもっといい生き方・働き方につなげていくきっかけを私たちは与えられているのです。

 そして就活もまた、コロナ時代のニューノーマルにおける姿が問われています。

就活とは「自分探し」の本格的なスタート

 ニューノーマルの就活を模索するうえで、やはり大事なことは、「本来の基本」に立ち返って考えることだと思います。

 本来の基本とはなんでしょう? 私は、就活とは、本格的な「自分探し」のスタートではないかと思っています。人間だれしも物心ついてからは、ある意味での「自分探し」を続けているでしょう。他人との違いや自分の性格、向き不向き等々、私ってどういう人間なのだろうと悩みつつ、その都度納得させたり嘆いたり。

 就活という行為は、仕事を探すことを通じて、それまでの「自分探し」に格段の重みを加えて、「本格的な」自分探しに踏み込む、そのスタートだと思うのです。

 もちろん、自分探しの成否と人間の幸不幸は必ずしも直結はしないでしょう。世の中には藤井聡太棋聖のように早々と自分探しができてしまった人もいれば、一生ああでもないこうでもないを繰り返す人もいます。いや、そんな意識を持つことすらないまま一生を終える人もいるでしょう。人間の生き様や価値観は多種多様ですし、いわゆる「運」も千差万別です。

 それでも私は、今現在チャレンジをしている方々には、就活は単なる仕事さがしではなく、実は「自分探し」なのだということを強く意識してほしいと思うのです。それによって就活が充実の度を増すと思うのです。

 就職先がなかなか見つからず、不安ばかりが募る人からすれば、何をのんびりしたことを言っているのかと思われるかもしれません。コロナの広がりで足もとの混乱が続くなかですから、気が気ではないでしょう。

 たしかにこれから先、何がどうなるかはわかりません。未来をわかっている人間は誰もいません。しかしそれでも、コロナ時代のニューノーマルは遠からずその輪郭をはっきりさせていくでしょう。そのことも見据えて、たとえ時間がかかろうとも、「自分探し」の意義を見失うことなく、大事にしてほしいと思うのです。

圧倒的に使用者が優位な日本の雇用社会

 率直に言って、日本の雇用社会の実情は使用者優位です。雇う側と雇われる側では、そもそも雇う側が圧倒的に優位。だからこそ、私たちは労使対等を求めて、労働組合を組織しているわけです。とはいえ、残念ながら現在、日本の労働組合組織率は16.7%という水準であり、8割を超える雇用労働者は労働組合という傘に守られていません。

 ただでさえ雇う側に優位性があることに加えて、わが国は雇用のセーフティーネットが脆弱(ぜいじゃく)ですから、今回のコロナショックのような危機的事態になると、人々はどうしても目の前の雇用不安におののいてしまいます。実際に失業の憂き目を余儀なくされている方々も、かなりおられます。

 今、就活に臨んでいる方々は、このような日本の雇用社会の入り口に事実上入っておられるのです。

 就活の現場では、上から目線のリクルーターもいるでしょう。そこまでいかなくとも、どうしても雇われる側は引け目を感じてしまいがちです。まして足もとの雇用不安です。いわゆる買い手市場の色合いが濃いなかで、就活生は不利な状況にあると言わざるを得ません。

企業のオンライン合同説明会。アナウンサー(左)の進行に従って企業の担当者が自社の紹介をした=2020年7月2日、名古屋市中区

一番大事なものは「自分」

 それでも、これだけは絶対に忘れないでほしい。

 それは、一番大事なものは「自分」であり、就活の基本はあくまでも、その大事な自分を探すことなのだということです。そして、自分探しの道のりは、そう簡単に結論が出るものではないということも。

 もし早々と就職先が決まったとしても、それは自分探しがうまくいったということと同義ではまったくありません。逆に、今仕事がみつからなくても、将来のことはわかりません。多少時間がかかっても、それが本当の自分を見つけられるきっかけになるのであれば、その方がはるかにハッピーです。まさしく、禍福はあざなえる縄の如し、なのです。

雇用は不安定、賃金もパッとしない日本の社会

 実は私は日本の社会もまた、本来の「自分探し」を真剣にすべきときにあると思っています。

 先述のように日本の雇用社会のおおかたは使用者優位です。もちろん、労働組合があるところは、労働側もそれなりに言うべきことを言える立場にありますし、「春闘」をはじめとした交渉の積み重ねで、賃金や労働時間も維持・改善が図られてきています。しかし先ほども述べたように、それは勤労者の2割以下の一部に限られています。

 デフレ的な状況が20年余りも続いたなか、労使関係のあるところとそうでないところの格差は、大きく開いてしまいました。その結果、日本の平均賃金は他の先進国に大きく水を開けられてしまった。雇用も不安定だし賃金もパッとしない、全体的にはそういう社会になってしまっているのです。

我慢しながら働いている日本の労働者

 私は、その根本原因は、働く者のイニシアチブや選択権が機能しづらい構造にあると考えています。

 一部のビジネスエリートや運のよかった人たちは別にして、日本の多くの労働者は、今の仕事を失いたくないがために、不満や疑問があっても我慢しながら働いているのが実情ではないでしょうか。

 自分が持っているものが、今の仕事で活きるのか否か。本当に自分とフィットしているのか否か。さまざまに悩みながら、できたら自分探しの再チャレンジを試みたいと思っても、なかなか難しいのが現実です。不安定な雇用形態であればあるほど、それどころではないでしょう。多くの人が自分探しもままならず、とりあえずその場をしのいできているのです。

「自分探し」に邁進して社会を変える

 これでは、意欲に満ちた雇用社会、価値創造にあふれた雇用社会には、なかなかなりません。わが国は、20年来の格差拡大に歯止めをかけ、雇用のセーフティーネットを整備し、本来の基本の姿を確立しなければ、さらなる低迷・地盤沈下が避けられないと私は思います。

 長く日本の社会を覆ってきたこの雰囲気に、いま就職活動をしている人たちには、染まらないでいてほしい。買い手市場をかさに着るリクルーターに引け目を感じることなく、堂々と自分探しに邁進する。そうした力の集積こそが、日本社会の本来の自分探しにつながるのです。

食品会社の就職説明会。1次面接に先立ち開かれた=2020年6月1日、神戸市中央区

視野を拡げよう…地方にこそ宝がある

 狭い世界に閉じこもることは、問題の解決を大きく阻害します。自分一人でじっとしていても、自分探しはできません。内省だけでは本当の自分の力・特質・良いところはわからないものです。

 視野を大きく拡げることが大切です。多様なチャンスのなかにこそ、本当の自分がみつかります。多様な人々とのお互いの照らし合いのなかからも、隠れていた自分を発見することができるでしょう。

 日本社会の自分探しにも関わる問題ですが、視野の広がりのなかに入れてもらいたい事柄として、もう一つ言及しておきたいことがあります。それは、地方での生活です。

 これまで「地方創生」等々様々なお題目がありましたが、あらゆる施策をあざ笑うかのごとく、コロナが、都市集中はもういい加減にしろと迫っているように思えます。リモートワークだってやればできるじゃないかとも。

 私はコロナ以前は日本全国をとびまわっていましたから、地方に、田舎に、生き生きとした暮らしの基盤があることを肌身に感じていました。なんともったいないことか、宝の持ち腐れではないかと。こういうところで暮らせれば人生はもっとみずみずしいものになるのになあと、感じたものです。

 つい先日の中央最低賃金審議会で、私たちの仲間の労働側委員が終盤の3日間、ほとんど徹夜の交渉で最後までこだわったのも、このテーマでした。現状は、トップの東京の最低賃金が1時間当たり1013円なのに対し、ボトムの15県の最低賃金は790円で、なんと2割以上も劣後しています。

7月22日夜に答申をまとめた中央最低賃金審議会=2020年7月22日、東京労働局

 こういう構造をつくってしまったのも、格差と我慢がついてまわった悪しき日本の雇用社会なのです。魅力ある地方の、魅力ある雇用の実現に向けて、反転を図らなければなりません。

 各知事をはじめとした行政リーダーの手腕と、公労使三者の真摯な議論によって、格差縮小が動き出すことが期待されています。就活の視野の広げるなかで、こうした地方の意欲の発露にも是非、着目してもらいたい。一人ひとりの自分探しに向けて、心からのエールを送りたいと思います。

論座編集部からのご案内
 コロナ禍のもと、険しくなる就活、変わる働き方。朝日新聞社の言論サイト「論座」筆者と若者が、現状とあるべき未来を論じるオンラインイベントを8月3日に催します。連合会長・神津里季生さんのほか、▽フリーライター・赤木智弘▽お笑いジャーナリスト・たかまつなな▽政治アイドル・町田彩夏▽日本若者協議会・古田亮太郎▽あさがくナビ編集長・木之本敬介のみなさんが出演します。