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アフリカ生まれ日本育ちの漫画家は「多様な人が共に生きる」世界を描きたい

ツイッターに漫画アップ、YouTubeでも発信するタレント・漫画家の星野ルネさん

安田菜津紀 フォトジャーナリスト

アフリカ系の人もいろいろ、を伝えたい

 その一方で、実は読むたびに細部にたくさんの投げかけがちりばめられていることにも気づく。無意識のうちにしてしまう“思い込み”や、“〇〇人らしさ”のような先入観だ。

 第一巻には、小学校の運動会でのエピソードが描かれている。短距離走で、「黒人の子って足が速いんでしょ?」と、勝って当たり前のような期待を寄せられていたルネさん。走った結果3着となると、「え?アフリカの子が負けた。調子が悪かったのかしら?」と驚かれてしまう。

 「多くの日本の方が、アフリカ系の人を見る場所が、テレビなどしかないと思うんですよね。で、テレビに出るアフリカ系の人ってやっぱりマラソン選手だったり、オリンピック選手だったり…。たまに部族の特集で槍を持って凄いジャンプする人も出てきますよね。そんな情報しかないので、それと僕を重ねちゃうんだと思うんです」と、ルネさんは当時を和やかに語る。

 「でも、テレビとかに出るアフリカ系の人っていうのは、やっぱりすごいから出るんですよね。そうじゃない人もいるっていうことを伝えていくのが、僕のやりたいことなんです。みんなが知ってる世界はほんの一部でしかなくて、みんなが取りこぼしてる、例えばダンスが苦手なアフリカ系の人とか、逆に手先がすごい器用な人とか、僕みたいに漫画を描く人もいるっていうことなんかを、当たり前に伝えたいと思っています」。

絵を通して人とつながり合えた

 ルネさんが絵を描き始めたきっかけは、保育園時代にさかのぼる。

 「日本の保育園に入園したんですけれど、その頃はまだ日本語が話せなくて、他の園児たちと会話ができなかったんですよ。そんな時に唯一コミュニケーションがとれたのが、みんなでお絵かきをやってるときだったんです。
 僕、テレビで見たヒーローか何かの絵か何かを描いたんです。そしたら、今まで話したことないような園児たちが寄ってきてくれて。『あ。上手いやん』みたいなことを多分言ってくれたんだと思うんです」。

 絵を通して、言葉ではないコミュニケーションが生まれ、人とつながり合えたのだというルネさん。こうした経験の中で、自然と言葉も身についていったことが漫画の中でも伝えられている。

拡大来日直後、まだ日本語が話せない頃のルネさん。(星野ルネさん提供)

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筆者

安田菜津紀

安田菜津紀(やすだ・なつき) フォトジャーナリスト

1987年神奈川県生まれ。Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル)所属フォトジャーナリスト。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、カンボジアを中心に、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。写真絵本に『それでも、海へ 陸前高田に生きる』(ポプラ社)、著書に『君とまた、あの場所へ シリア難民の明日』(新潮社)。『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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