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人が集まり共同体を創ることの意味とは

コロナが後押しした復興基金というEU統合への更なる一歩

花田吉隆 元防衛大学校教授

パリ郊外のシャルル・ドゴール空港到着ロビーに設けられた無料の検査コーナー=2020年7月24日、疋田多揚撮影

 欧州が財政統合に向け、重要な一歩を踏み出した。

 欧州は、冷戦終結を機に通貨、金融統合に進んだが、今回は、コロナ危機が財政統合に踏み出す契機となった。大きな戦争が終わった時、国際秩序の基本的枠組みが動き出す。この定石通り、欧州の通貨、金融統合は冷戦という45年にわたる戦争の終結を経て進んでいった。今回、コロナが大戦争に匹敵するインパクトを欧州政治に与えた。欧州は、2015年の難民危機後、ポピュリストの嵐に見舞われ、また、2016年には英国離脱の激震に揺れた。しかし、今回、コロナ危機を奇貨とし、改めてそのレジリエンス(強靭さ)を証明した。一歩下がっては二歩進む。EUの統合に向けた歩みは止まるところを知らない。

7500億ユーロの復興基金創設で合意

 7月21日、EUは7500億ユーロの復興基金を創設することで合意した。17日からのEU首脳会議は、当初、18日には閉幕の予定だった。しかし、27カ国首脳が、コロナ危機後初めて一堂に会し討議に臨んだにもかかわらず合意がまとまらない。結局予定を大幅に延ばし、5日間の討議の後ようやく合意にこぎつけた。それだけの難交渉だった。

 復興基金は、加盟国間の資金移転メカニズムだ。当然のことながら、資金の受け手は賛成し、出し手は反対する。それを乗り越えるには、EUが共同体としての一体感を持てるか否かがカギになる。実際にカネが動くとなると綺麗ごとでは済まない。なぜ、自らの税金で他人を助けなければならないのか、との議論を乗り越えなければ資金移転のメカニズムは出来上がらなかった。

 EUの中で、資金の出し手は北部諸国、受け手は南欧諸国だ。つまり、EUには南北間に大きな格差がある。資金移転のメカニズムとは、北部の税金で南欧の人々を助けることを意味する。

 これまで、ドイツをはじめとする北部欧州諸国はこれに強く反対していた。北部にすれば、自分たちは勤勉に働き、必要とされる改革も苦しいながら実行してきた。その結果、強い競争力を獲得し高い成長率を達成した。南欧は、必要な改革を先延ばしし、放漫財政を繰り返すだけで勤勉に働こうとせず、政府の補助金に頼って生活する。その結果、競争力は低下し成長率は一向に上がらない。南欧は、北部の援助に頼る前に自ら努力すべきなのであり、資金移転は問題を解決するものではない。「アリとキリギリス」の議論が財政統合を頑なに阻んできた。

格差拡大につながる、財政を統合しないままの通貨、金融の統一

 しかし欧州が、通貨、金融を統一し、財政を統一しないままでいるとはどういうことか。

 通貨統一とは、強いドイツマルクも弱いイタリアリラも同一のユーロになるということだ。ユーロは、対ドルでマルクとリラの間に設定される。つまり、マルクは切り下げられ、リラは切り上げられることに等しい。当然、イタリア経済は苦しくなる。

 金利の統一も同じだ。統一金利の設定により、低金利を享受することになるドイツは景気が刺激され、高金利が課せられるイタリアは景気が冷却される。

 つまり、通貨、金融の統一とは域内の強者はますます強く、弱者はますます弱くなることを意味する。格差拡大に他ならない。

 本来、この格差は財政政策により調整される。強国からの資金を弱者に移転することにより格差が標準化されるわけだ。これは、日本国内を見ればよく分かる。日本という単位でみれば、通貨、金融の統一により目には見づらいが実は地域格差が生じている。それを財政移転で調整しているのだ。そういうメカニズムをEUは欠き、格差が一向に解消されない仕組みになっている。財政をそのままにし、通貨、金融だけ統合することはいずれ破綻必至だと、既にユーロ発足時、各方面から強く指摘されていた。そういういわば欠陥含みの統合がこれまでのEUに他ならない。従って、今回、その是正に踏み出したことは歴史的一歩と言わざるを得ない。

 ただし、復興基金は恒久的メカニズムでなく、あくまで一回限りの7500億ユーロに関するものでしかない。使い切れば終わりだ。更に、EUが共通債を発行し、市場から資金を調達するが、その償還は、

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