沢村亙(さわむら・わたる) 朝日新聞論説委員
1986年、朝日新聞社入社。ニューヨーク、ロンドン、パリで特派員勤務。国際報道部長、論説委員、中国・清華大学フェロー、アメリカ総局長などを経て、現在は論説委員。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
「溜飲下げる」様相も 人種偏見解消への議論に結びつくかがカギ
米中西部ミネアポリスで黒人男性が白人警官に首をひざで押さえつけられて死亡した事件の余震は、2カ月がたった今もなお収まっていない。米国の警察組織に巣くうレイシズム(人種差別主義)をえぐり出したこの事件とは別に、市井の人々の心の中に潜むレイシズムをあぶり出した、もう一つの「事件」もまた、静かながら強烈な波紋を広げている。
それはミネアポリスの事件と同じ5月25日、ニューヨークのセントラルパークで起きた。
趣味のバードウォッチングを楽しんでいた黒人男性のクリスチャン・クーパーさん(57)が、公園内で飼い犬を放して遊ばせていた白人女性(41)に規則を守って犬をリードにつなぐように注意すると、女性はこれに逆上。やおら携帯電話を取りだして、「アフリカ系米国人の男性に命を脅かされている。すぐに警官を寄越してほしい」と警察に通報した。女性が犬をリードにつないだため、クーパーさんは「ありがとう」と声をかけてその場を去り、この時は「事件」にはならなかった。
ところが、クーパーさんが携帯電話で撮っていた一部始終を、親族がSNSに投稿して事態は一変した。動画は一気にネットで拡散し、「許しがたい人種差別だ」として米国社会に憤激を巻き起こした。女性は翌日、勤務先の投資会社を解雇された。
同社は「わが社はいかなる人種差別も容認しない」と発表。ニューヨークの検察当局が捜査に乗り出し、7月6日、女性を虚偽申告の罪で起訴すると発表した。
別にだれかの命が失われたわけでも、負傷したわけでもない。にもかかわらず、この事件が大きな波紋を広げた理由のひとつが、「アフリカ系米国人(黒人)の男性」という表現を用いて女性が警察に通報していたことだ。
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