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司法の独立を失った香港は国際金融都市から中国の金融都市に変わる

許成鋼・香港大名誉教授に香港の将来、コロナ後の中国と世界経済を聞く

吉岡桂子 朝日新聞編集委員

 中国政府が「香港国家安全維持法」の施行を強行、英国からの返還後も高度な自治を約束した「一国二制度」を壊そうとしている。米中対立の矢面にも立つ国際金融都市・香港の行方は――。コロナ後に中国、そして世界経済はどうなるのか――。研究拠点を香港からロンドンに移したばかりの中国出身の経済学者、許成鋼・香港大学名誉教授にきいた。

許成鋼・香港大学名誉教授=2014年2月、香港大学、包瑾健氏撮影

許成鋼(Xu Chenggang シュイ チョン・カン)
1950年中国生まれ。経済学者。香港大学名誉教授、長江商学院教授。清華大学大学院修了後、米ハーバード大学で経済学博士。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)終身准教授を経て、2016年まで香港大学教授。英国在住。

「一国二制度」が壊された香港の今後

――香港国家安全維持法の施行で、英国から中国への返還にあたって約束された「一国二制度」が壊されたとして、欧米や日本など先進国は批判しています。香港経済の今後をどうみていますか。

 香港が国際金融都市であり続けることは難しくなったと思います。国際金融都市の両輪は、「司法の独立」と、「国際通貨香港ドル」です。このうち、司法の独立は「一国二制度」に支えられてきました。(安全維持法を)香港の立法手続きの頭越しに決めて施行したため、司法の独立、つまり法治が危うい状況です。

 香港はしばしばアジアのもう一つの国際金融都市シンガポールと比べられますが、シンガポールは政治的な自由に制限があっても英国が残した司法の独立があります。これを失うと、外国の投資家にとってリスクが高まります。香港はだんだんと中国の金融都市になる可能性が高いと思います。

 言い換えれば、なぜ、あれほど経済規模が拡大し、外国市場にも上場企業を数多く輩出するようになった大陸において、香港のような国際金融都市が生まれていないのか。一つは、中国当局が管理できる範囲を超えて国内経済が不安定化することを恐れて、香港ドルと違って通貨人民元が国境を越えて自由に出入りすることを認めていないからですが、もう一つは、司法が独立していないからです。共産党がいっさいを決めるので、法律に基づく契約の通りに将来を予見できるかどうか、財産が法律によって誰でも同じ条件で守られるかどうかが不透明なことへの危惧があります。

ドルペック制度の行方は

Ronnie Chua/shutterstock.com

――香港は、米中対立の現場にもなっています。トランプ政権は、米ドルと香港ドルの自由な交換まで制限し、香港ドルの動きを米ドルに連動させるドルペッグ制度にまでゆさぶりをかけるでしょうか。人民元と違って、国際市場で自由に取引できる香港ドルを擁する香港市場は、中国マネーを国際市場につなぐ重要な舞台です。

 香港のドルペッグ制度が米国との関係に支えられていることは事実です。ただ、米中の対立は深まっていますが、米国がドルペッグ制度を壊すことはないと思います。中国経済のみならず米ドルを基軸とする国際金融市場、ひいては国際経済の大混乱につながるからです。とはいえ、米国経済との「デカップリング」(切り離し)が進めば、中国大陸や香港と米国の経済の連動性が弱まる可能性がある。すると、(香港当局が)香港ドルを米ドルだけに連動させず、ユーロや円、人民元などと連動させる「通貨バスケット」へ移行するかもしれません。

――中国政府・共産党は、香港が国際金融都市でなくてもいいと割り切ったのでしょうか。

 詳しくはわかりません。ただ、私は中国の体制を「分権式権威体制」と呼んでいます。中国は中国共産党が一党支配する中央集権体制にもかかわらず、かなりの程度は地方政府や縦割りの省庁・党組織が競い合って政策を実行しています。香港問題についても、関係者が競い合ってリーダーが好む方向の政策を打ち出している面はあるのではないでしょうか。

静かな環境を求めてロンドンに

許成鋼・香港大学名誉教授=2014年2月、香港大学、包瑾健氏撮影
――なぜいま、研究の拠点を香港からロンドンへ移すのですか。

 もともとハーバード大学で経済博士号を取得した後、英国に渡り、1991年から2009年までLSEで教鞭をとっていました。香港大学に移ったのは、大きく動く中国経済を研究するには、現場が近い方が良いと考えたからです。しかし、すでに名誉教授に退いていますし、ここ数年の香港をみていて、静かな環境で研究生活を送りたいと思うようになりました。

 今回の法律(香港国家安全維持法)の施行は知りませんでしたが、北京が現状を変えようとしては、それに香港の人々が同意しないということが続いています。昨年の大規模なデモにつながった逃亡犯条例にかかわる問題については、多くの市民が香港に高度な自治を認めた「一国二制度」の核心である司法の独立まで脅かされるのではないかと心配し、反対しました。

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